毛皮のヴィーナス。

鬼才とか巨匠とかと呼ばれ、確かにそれに異を唱える人はいないが、それよりもこの人は、超人とか怪人の範疇に入る人である。
1933年生れのロマン・ポランスキー、第二次世界大戦の際には、ゲットーにも入れられていた。母親はアウシュビッツで殺されている。厳しい状況の中を生きてきた。その心の構造が常人のそれと異にするのは必然、と言えよう。
ロマン・ポランスキーの名が広く世間一般に知られたのは、シャロン・テート事件の時だった。1969年、アメリカの女優でポランスキーの妻であるシャロン・テートが惨殺された。チャールズ・マンソンのカルト教団の手によって。全世界は、カルトの怖さ、不気味さに戦慄した。
世界中の普通の人たち、1977年のロマン・ポランスキーにも驚いた。何とポランスキー、13歳の少女を強姦した容疑で逮捕された。が、ポランスキー、保釈中にアメリカを脱出、ヨーロッパへ逃亡する。
他にもポランスキーがらみ、常人、普通の人なら「ヘエー」ってことがつきまとう。
でも、「しかし」、と言おうか、「それだから」、と言おうか、その才は並はずれている。

ここ数か月のポスターの中では、出色のポスターである。この絵と色づかい、素晴らしい。
ポランスキーの最新作『毛皮のヴィーナス』、二人芝居である。登場人物は、ただ二人。
”その悦びを、あなたはまだ知らない。”、と刷られている。が、”まだ”どころか、常人の99パーセントの人は、知らないまま死んでいく。
自信家で傲慢な演出家・トマと、オーディションに遅れてきた無名で野卑な女優・ワンダの物語である。
知性の欠片も感じられないワンダ、トマにオーディションを行なえと強引に迫る。仕方なくワンダの演技につき合うトマ。

ワンダに扮するのは、現在のポランスキーの女房であるエマニュエル・セニエ。
徐々にトマを翻弄するその存在感、圧倒的。

トマに扮するのは、マチュー・アマルリック。
何と、若い頃のロマン・ポランスキーと瓜二つ。よく似ている。

ロマン・ポランスキー、自身のそっくりさんと現実の女房を使い、自らの越しかたを総括した映画を撮ったのか、と一瞬思った。

トマは、次第にワンダに支配されることに陶酔感を覚える。
妖しい世界である。

それもそのはず、トマが舞台にかけようとしている作品の原作は、1870年のレオポルド・フォン・ザッヘル=マゾッホの小説『毛皮を着たヴィーナス』。ザッヘル=マゾッホ、マゾヒズムの語源となった男。
若い頃のロマン・ポランスキーと瓜二つのマチュー・アマルリック扮するトマが、ポランスキーの現実の妻であるエマニュエル・セニエ扮するワンダに溺れていく映像、凄まじい。
これぞ映像、これぞ映画の一典型。