グランド・ブダペスト・ホテル。

”ようこそグランド・ブダペスト・ホテルへ”、と惹句にある。”伝説のコンシェルジュがふるまう究極のおもてなしを・・・”、とも。
”ブダペスト”とあるが、ハンガリーではない。でも、近い。どこかその近くの中央ヨーロッパ(日本では、東ヨーロッパと呼んでいるが)の架空の国の物語である。その仮想国の名は、ズブロフカ。ンンッ。

1968年と1932年、格式高いグランド・ブダペスト・ホテルを廻る物語が展開する。36年の時間を経て。
1932年、グランド・ブダペスト・ホテルに”伝説のコンシェルジュ”と言われるグスタヴ・Hがいた。彼を師とも父とも慕うベルボーイのゼロも。1968年、そのゼロ、グランド・ブダペスト・ホテルのオーナーとなっている。
ストーリーは大切だ。”伝説のコンシェルジュ”・グスタヴ・Hをお目当てに滞在するご婦人方のひとり、マダムDが殺される。その遺言には、グスタヴ・Hにルネッサンス期の絵画・≪少年と林檎≫が譲られる、と記されている。マダムDの息子は、グスタヴ・Hを母親殺しの犯人と言いたてる。
ストーリーは大切ではあるが、どうでもいいと言えばどうでもいいんじゃないか。

監督は、ウェス・アンダーソン。
仮想国・ズブロフカのグランド・ブダペスト・ホテル、淡いピンク色。ロシアに近いヨーロッパだ。パリやローマではない辺境のヨーロッパ。より深い。

1932年、エレベーターの中の”伝説のコンシェルュジュ”・グスタヴ・HとマダムD。
ヒトラーが政権を掌握するのは、このすぐ後。ヨーロッパ、大戦前夜の模糊とした時代に入っていた。ズブロフカでも、厳しい時代であったのではないか。
そのような中、グスタヴ・H、マダムD殺しの嫌疑もかけられ、ヨーロッパのあちこちを逃げまわる。ナチスであろう集団からも追われ、逃げる。大戦前のヨーロッパ。  

脚本、監督のウェス・アンダーソン、そうか成程、という役者をさまざまに配した。
上段左端は、”伝説のコンシェルジュ”・グスタヴ・Hに扮したレイフ・ファインズ、その右は、その弟子のベルボーイであるゼロの36年後の姿に扮するF・マーレイ・エイブラハム。下段右下は、1932年の若い頃のゼロに扮するトニー・レヴォロリ。
ヨーロッパだな、と言うべきなのか。さすがヨーロッパ、洒落ている、と言うべきなのか。凄い作品、凄いエンターテインメントである。
でも、洒落てるな、という思い、離れない。
ここまでにしよう、と思っていた。しかし、あと少しつけ加える。
グランド・ブダペスト・ホテルのある仮想国、ズブロフカという名であること故。
3〜40年前、新宿の東口から西口へ抜けた辺りに”しょんべん横丁”と呼ばれる一画があった。飲んだくれが、あちこちで小便をするところから付いた名である。小さな飲み屋がごしゃごしゃと建てこんでいた。
中に、5〜6人も入れば満杯というとても小さな店があった。ズブロッカを飲ませていた。ズブロッカ、ボトルに香草が入っているポーランドのウォッカである。
ある時、ズブロッカを何杯も飲んだヤツが、立ったとたんにぶっ倒れた。強いんだから、ズブロッカ。
ウェス・アンダーソンが創り出した仮想国・ズブロフカを思っている内に、つい、強烈な酒・ズブロッカを思い出した。
ズブロッカ、もう2〜30年は飲んでいないが。