ゲルハルト・シュタイデル。

どのような仕事にも、何らかの面白さはあるだろう。単なるメシのタネ、というばかりじゃなくて。
出版業もメシのタネを得るビジネスである。しかし、単に収益を上げるビジネス、ということばかりじゃなく、自らの思い入れを強く打ち出すことのできる仕事である。思想信条、特定の学問領域、いや、学問でなくとも居酒屋でもプロレスでも、自らの思い入れのある分野の出版、ということもある。
36年間で約200点の動物、植物、人類学などの専門書を含む良書を世に送り出し、先年、会社を閉めた久木亮一のどうぶつ社も、そのような出版社であった。私は、”志の出版”と呼んでいる。
その”志の出版”の範疇に入るのだろうな、という出版社がドイツのゲッティンゲンにある。シュタイデル社である。
創業社長は、ゲルハルト・シュタイデル。1950年生まれのゲルハルト・シュタイデル、67年、17歳の時にシュタイデル社を起こしたそうだ。驚くよなー。

渋谷のイメージフォーラム、地下へ降りる階段の壁面。

創業翌年、18歳になったゲルハルト・シュタイデル、アンディ・ウォーホルの展覧会を観て、その色づかいに魅了された、という。
で、世界一美しい本を作ろうと考えるんだ。
謂わば、商品としての本というより、作品としての本を作ろう、と。
編集者やデザイナーならば、いい作品、いい本を作ろう、と考えるのは当たり前である。いわば、技術者、職人の考え方である。しかし、出版社の経営者としてはそれだけでいいのか、と言いたくなる。
”志”以前に、収益なんだから。
しかし、ゲルハルト・シュタイデルは己の赴く所に向かっていく。企画立案、編集、デザイン、装丁ばかりじゃなく、印刷、製本まで自社内で行なう。30数人の会社で。
それがビジネスとしても成功する。
ギュンター・グラス、ロバート・フランク、カール・ラガーフェルド、その他多くの天才たちの印刷物を次々に作っていく。
ゲルハルト・シュタイデル、ゲッティンゲンからパリ、ロンドン、ニューヨーク、ロサンジェルス、カタールの砂漠まで、クライアントの許を飛び回る。

単館上映とはいえ、小さな小屋での上映とはいえ、このチラシにあるように満員であった。
4か月に及ぶロングランとなった。それほどに面白い。

デジタルの時代である。
紙の新聞は、その内無くなるであろう。電子書籍も普及するであろう。
しかし、本に限って言えば、紙の本は無くならないんじゃないか。単なる情報伝達のツールではないんだから。
紙の手触り、インクの匂い、掌に伝わる触感。だから、紙の本は生き延びる。
ゲッティンゲンにいるゲルハルト・シュタイデルは一人であるが、同じような思いの者は、世界中あちこちにいる。