ルノワール。

絵が好きだと言う皆さん、概ね印象派が好きである。このこと、私が知る限り世界共通。
≪睡蓮≫をはじめとする風景画のモネと、「裸婦」を含む人物画のルノワールが、その代表であろう。
1841年生まれのオーギュスト・ルノワール、1861年パリへ出、モネやシスレー、後の印象派の仲間と出会う。1874年の第1回印象派展へも、もちろん参加している。
『ルノワール 陽だまりの裸婦』は、それから40年後、1915年の物語。
オーギュスト・ルノワール、70代半ば、最晩年を迎えている。
舞台は、コート・ダジュールのカーニュ・シュル・メール。カンヌやニースに近いところである。

脚本・監督はジル・ブルドス。
「私の絵に暗い色はいらない。気持ちのいい愉快な色で・・・・・」、と言っているルノワールらしい暖色系の色調を創りだした撮影監督には、マーク・リー・ピンビン。確かに、ルノワール色。見事である。
オーギュスト・ルノワールに扮するのは、ミッシェル・ブーケ。70代半ばのルノワール、”さもありなん”という名演である。
そのルノワールの前に現われる「ルノワール最後のミューズ」アンドレに扮するのは、クリスタ・テレ。今、フランス期待の新星らしい。

今、オルセーにあるルノワール晩年の傑作・≪浴女たち≫、突然ルノワールの前に現われたアンドレをモデルに描かれた。

この頃のルノワール、リューマチで手が麻痺している。が、絵筆を手に結わえつけて描いている。
「絵の全体像を決めるのは、描線じゃない。色なんだ。私の絵に暗い色はいらない」、と言って。

この映画・『ルノワール 陽だまりの裸婦』のその”ルノワール”、実はオーギュスト・ルノワールだけを指しているんじゃないんだ。
オーギュスト・ルノワールの次男、ジャン・ルノワールをも指しているらしい。
1915年、第一次世界大戦のさなかである。従軍していたジャン・ルノワール、傷を得て父親・オーギュスト・ルノワールのところへ帰ってくる。
はちきれんばかりの肉体を持った父親・オーギュスト・ルノワールのモデル・アンドレに惹かれる。当然だ。
この映画は、そこまでのこと。車椅子に乗せられたオーギュスト・ルノワールが、名作≪浴女たち≫を描くところまでの物語。
だが、息子のジャン・ルノワールは、1920年にカトリーヌ・エスランと結婚する。カトリーヌ・エスラン、オーギュスト・ルノワールの最後のミューズ・アンドレなんだ。
ジャン・ルノワール、その後、カトリーヌ・エスランを使った映画を幾つも撮る。しかし、後の世に残っているものはない。
でもしかし、1937年、ジャン・ルノワールの大傑作が生まれる。
ジャン・ギャバンとエリック・フォン・シュトロハイムが出た『大いなる幻影』である。
何度か観た。
最初に観たのは、高校時代。学校の授業をさぼり、名画座へ通っていたころ。ジャン・ルノワールの映画、イヤー、面白かった。
豊満な肉体を持つアンドレ、通称デデを仲立ちに、ルノワールの物語は広がっていく。