哲人サイバラ。

西原理恵子を意識するようになったのは、20年以上前になる。神足裕司と組んだ「週刊朝日」の連載「恨ミシュラン」。ミシュランの星を持つ、敷居の高い店を切りまくっていた。
しかし、熱心な読者ではなかった。
元の亭主であり、イラクで殺されたあの橋田信介さんの弟子でもある鴨志田穣との何冊かのコンビ本『アジアパー伝』では、『最後のアジアパー伝』(2004年、講談社刊)のみ。
伊集院静と組んだ東に西にギャンブル、ギャンブル旅烏本、双葉社の『静と理恵子の血みどろ絵日記』シリーズでは、『たまりませんな』と『なんでもありか』のみ。伊集院静と西原理恵子、バシーと組みあい、両回しを取っての力相撲。
近場では、最強コンビ結成と謳われた、佐藤優との共著『週刊とりあたまニュース』(2011年、新潮社刊)。週刊新潮に連載されたもの。
毎週お題がひとつ出る。”裁判員制度”であるとか、”デフレスパイラル”であるとか、”普天間問題”であるとか、といったお題。佐藤優は文章で、西原理恵子は絵で応える。西原理恵子、肥った身体に知をガッシリと溜めこんでいる怪人・佐藤優を、圧倒している。
今日の映画は、その西原理恵子の原点。西原理恵子、四国の港町から上京してくる。

監督:森岡利行。
四国の港町から上京してきた女の子・菜都美、つまり主人公・西原理恵子に扮するのは、北乃きい。この女の子。似てるかな? 似てるよね。

オッと、忘れちゃいけない。
タイトルは『上京ものがたり』。
菜都美・西原理恵子、親からもらったなけなしの100万円を懐に東京に出てくる。美大に入ろうってんだ。まず予備校へ行くが、ビリっかす。しかし、翌年、武蔵美に受かるんだ。でも、ムサビでもビリっかす。
金はなくなる。食ってきゃならない。
で、キャバクラでバイトする。ストレスで顔面麻痺にもなる。さまざまな人生模様も学ぶ。
それはそれでいいんだが、ある時、碌でもない男が飛びこんでくる。カメラマンになりたいらしいが、定職にもつかないヒモ男。

この男だ。上の写真の左から3人目の男である。
こういう男、確かにいる。母性本能をくすぐるんだな。憎めないキャラだから、余計に始末に負えない。
西原理恵子の元亭主、『アジアパー伝』の相棒・鴨志田穣が思われる。

田舎から幼なじみも訪ねてくる。結婚する、子供も生まれる、幾らでもいい金を貸してもらえないだろうか、と言って。
菜都美、つまり西原理恵子自身もゆとりはない。
上の写真の左側を見てもらいたい。
菜都美・西原理恵子、待ってと言って、座を離れ、薄い財布から1万円札を取り出す。それをスケッチ用紙に包み、”結婚祝”と書きこむんだ。ジンとくる。

部屋代は幾ら、食費は幾ら、光熱費は幾ら。菜都美・西原理恵子、これでは追っつかない、とイラスト仕事を求めて出版社を回る。
ここでは、エレベーターに乗ると、ピンクの服の掃除婦のオバさんがこう言う。ジロ、ジローっと菜都美・西原理恵子を舐めまわして。「エロエロだよー、ここは」、と。そこで、拾われるんだ。菜都美・西原理恵子は。
ところで、この映画には、西原理恵子、カメオ出演している。
右から2枚目の下の段、ピンクの服の掃除婦のオバさん、西原理恵子である。
西原理恵子、エロくて、FXにまで巨額の金を突っこむギャンブル好きのオバはんではある。
それと共に、西原理恵子、思想家、哲学者の領域にも入りつつある。
理論社に、「よりみちパン!セ」シリーズというものがある。「中学生以上すべての人の よりみちパン!セ」と謳っている。ほとんどの漢字には、ルビが振られている。中学生というより、小学生の上級生なら読めるんじゃないか、と思われる。
その「よりみちパン!セ」シリーズの一冊に、西原理恵子の著『この世でいちばん大事な「カネ」の話』がある。
その前半は、映画『上京ものがたり』で描かれている情況が記されている。故郷からの上京や、ムサビでのビリっかすのことや、キャバクラでのバイトのことや、エロを売りにする出版社へのイラストの売りこみのことや、といったこと。
西原理恵子、この書でこういうことを言ってるんだ。中学生以上、場合によったら小学生上級の子供たちも含めた多くの人たちに。
西原理恵子、こう記している。
<だからテレビのニュースだって、わたしはやもくもに鵜呑(うの)みはしない。・・・・・。「人」の物語(ものがたり)としての「生(い)きざま」を漫画(まんが)に描(か)こうとしたら、その真(ま)ん中(なか)にあったのは、青(あお)い海(うみ)と空(そら)と山(やま)、そして「カネ」をめぐるすべてのことだった>、と。
そして、最後にこう記す。
<人が人であることをやめないために、人は働(はたら)くんだよ。働(はたら)くことが、生(い)きることなんだよ。どうか、それを忘(わす)れないで>、と。
エロいことを記し、エロエロな漫画を描きまくり、数千万程度の金はギャンブルに突っこみ、という西原理恵子、その状況の上に立つ思想家、哲学者となった。
今や、哲人サイバラ、と言って過言じゃない。


ブエノスアイレスでのIOC総会、今日、オリンピック最後の競技が決まった。
レスリング。
当然である。土台、レスリングをオリンピックから除外するということ自体おかしいんだ。円盤投げ、やり投げ、長距離走、ボクシングなどと共に、古代オリンピックから行なわれてきたレスリングを外すなんて。考えらえないこと。
私は、ひとり憤慨していた。除外された春先以降。
しかし、ひとまずはよかった。
アニマル浜口は雄叫びをあげていた。
「やった、やった、やった。レスリングが大好きだ、大好きだ、大好きだ。オレの宝物は、レスリングだ、レスリングだ、レスリングだ。・・・・・」、と。
その横には、笑顔で父親を見つめる浜口京子。
まさか、アニマル浜口、2020年まで浜口京子にレスリングをやらせるんじゃないだろうな。浜口京子、今、35歳なんだ。2020年には、42歳になる。冗談じゃない。娘・浜口京子を解き放ってくれ。自由にしてやってくれ。
プロでもアマでもいい、誰かレスリングの選手と娘を結婚させ、その男の応援に、アニマル浜口の残りの人生を賭けてもらいたい。
オリンピック云々の大きなこととは異なる、些細なことではあるが。