自由という大悟。

これもニューヨークのお話。但し、郊外のロングアイランドではなく、ど真ん中のマンハッタン。
主人公は、ギャツビーとは対極の男。
住んでいるのは、カーネギー・ホールの上の小さなアパート。ネガフィルムの入ったキャビネットと簡易ベッド以外、何もない。キッチンもなければクローゼットもない。「コーヒーは安ければ安いほどいい」、と言っているので、金の概念が全くないワケではないようだが、まあない。関心の外。
「自由より価値があるものなんかないよ」、とも言っているので、その根底にあるのは”自由”なんだろう。
”自由”か。そうではあろう。
しかし、私には、それだけではないような気もする。”自由”という概念に裏付けられた”悟り”、「自由という大悟」じゃないかな、と。

『ビル・カニンガム&ニューヨーク』、ドキュメンタリー。
監督・脚本:リチャード・ブレス。
来る日も来る日も、自転車に乗ってニューヨークの街中を駆け巡り、ファッション写真を撮っているビル・カニンガム、撮影時には82歳。リチャード・ブレス、ビル・カニンガムから撮影許可を取るのに8年、実際の撮影と編集に2年、都合10年の歳月をかけた、という。

ビル・カニンガム、ニューヨーク・タイムズにファッションコラム”ON THE STREET”と社交コラム”EVENING HOURS”を持っている。
日本とアメリカ、異なっていることいろいろある。新聞もそのひとつ。アメリカには、日本の朝毎読のようなクォリティー・ペーパーにして全国紙、というような新聞はない。
ニューヨーク・タイムズにしても、地方紙。その発行部数は、読売の約1/10。しかし、ページ数は多い。最近は減ったようだが、以前は抱えるという表現が、さほど大袈裟でないくらいにあった。だから、ファッションコラムや社交コラムも。

ビル・カニンガム、ニューヨークの街中でファッション写真を撮り続けて50年。
アメリカ版「ヴォーグ」の編集長、アナ・ウインターはこう言う。「私たちは、皆、彼のために着ている」、と。
コシノヒロコは、「まさにファッション界の生き証人です」、と語る。
ニューヨーク・タイムズの紙面を貼りつけたスタンディもある。

今年3月31日付けニューヨーク・タイムズの紙面。
ビル・カニンガムの”ON THE STREET”、「カッコいい男たち」。

これは、今年4月14日のニューヨーク・タイムズの”ON THE STREET”。

ビル・カニンガム、新宿でもカメラを構えていた。
いつも通りの、パリで買った道路掃除人の青いユニフォームを着て。これが彼の一張羅。
隣りの人、そのビル・カニンガムを、ケータイでパチリとやっていた。
この映画、ニューヨークでの単館上映から始まったそうである。それが、世界中に広まり、観た人すべてを幸せな気分にしている。
それもこれも、「自由という大悟」、悟り人・ビル・カニンガムのおかげ。