歴史にイフは・・・。

歴史にイフはあり得ない。でも、歴史にイフがありとせば、ということはよく言われる話。
1945年初めからのアメリカ大統領を決める大統領選、常の如く、その前年に実施された。その前段階の民主党の候補選出の党大会も。
民主党の大統領候補は、アメリカ初の四選を目指すフランクリン・ルーズベルト。問題は、ルーズベルトと組む副大統領候補である。ルーズベルト3期目のパートナー、ヘンリー・ウォレスがいい、というのが衆目の一致していたところであった。
4月初めのNHKBS「オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史」から、”歴史にイフは・・・”のお話を。

1944年の民主党の党大会、フランクリン・ルーズベルトとヘンリー・ウォレスの組合せを求める、というプラカードが多くある。
ルーズベルトはもちろん、ウォレスも人気のある政治家でこの組合せでスンナリ、という流れであったそうだ。

ルーズベルトもウォレスを望む、というプラカードも見受けられる。
ところが、そうはいかなくなる。
ウォレスはリベラルすぎる、容共的だ、という保守派の反撃が始まる。ルーズベルトの相方にミズーリ選出の上院議員、ハリー・トルーマンが担ぎ出される。
”歴史にイフは”、が成ってしまう。
ルーズベルトとトルーマンで、となってしまう。ルーズベルト大統領の下、トルーマンが副大統領となる。さらに、就任82日目にルーズベルトが急死する。トルーマン、アメリカ合衆国第33代大統領となる。その3か月少し後、トルーマン、広島と長崎に原爆を落とす。
オリバー・ストーン、こう語る。
もし4選されたルーズベルトの相方が,トルーマンでなくウォレスならば、広島と長崎への原爆投下はなかった、と。
ヘンリー・ウォレス、こういう男なんだ。

ヘンリー・ウォレス、この言葉の前にこう語っている。
「私たちがこれから迎える世紀をアメリカの世紀を言う人もいます」、と。
そして、上の写真の後では、こう語る。
「庶民の世紀であるべきです」、と。
当時のアメリカ保守派にとっては、イヤな奴であったであろう。
それだからこそか、オリバー・ストーン、こう言う。
第二次世界大戦末期、アメリカの大統領がトルーマンでなくウォレスならば、広島と長崎への原爆投下はなかった、と。
”歴史にイフは・・・”の話である。

オリバー・ストーン、広島と長崎の記念及び祈念式典に参加していた。

広島と長崎で被爆した人たちと話したそうだ。そこで、こう語る。
歴史にイフはない。
でも、もし歴史にイフがありとせば、1945年のアメリカ大統領がヘンリー・ウォレスでありとせば、オリバー・ストーンが今、広島と長崎へ来ていることもなかった。
広島と長崎へ、原爆が落とされることもなかったであろうから。