八百万の神。

ちょくちょく出歩いたりしていたので、暫らく休んだ。
今月初めに終わったが、東博で「国宝 大神社展」が開かれていた。5月初旬に見に行った。

ひと月ほど前の東博正門前。

東博構内のタテ看。
山、川、海、木、いや、滝であれ岩であれ石であれ、古来、日本人は自然そのものやその事象を崇め奉ってきた。日本独自の自然や精霊を崇拝してきた。八百万の神が生まれた。で、多神教の国となったんだな。


特別展会場である平成館入口横の看板。
「東京国立博物館ニュース」4−5月号には、7人の研究員のこの特別展についてのコメントが載っている。
近年の東博研究員の惹句、学者らしからぬ文言が多い。この「大神社展」に関しても、「これを逃したら、もう見ることはできないかも?!」、と書いている人もいる。
確かに、<研究員も大昂奮するほどの名宝の数々。ふだんは見ることの出来ない神社の宝物。本当は目に見えない神々の姿。全国の神社パワーが・・・・・>、というものなんだ。

東博構内の看板やチラシその他「大神社展」の真正面に押し出されているこの作品、≪吉野御子守神像≫。
南北朝時代、14世紀の作。
沖松健次郎という東博の研究員、<真正面から見つめる、優美な姿に魅せられて>、と題し、この絵への思いを記している。
なお、<”吉野御子守神”は、もとは水の分配に関する神で、「水配り」(ミクバリ)が訛って「ミクマリ」→「ミコモリ」となり、子守、子育ての神とされるようになったといわれます>、と沖松研究員は記している。
なるほど。分かる。そうであろう。

さほどではないが、私のこの雑ブログ、見ている人には、日本語を母国語としない人も幾らかはいるので。
それにしても、今回の展示、国宝、重文が160件展示されている。”神社パワー全開!”、という惹句にもウソはない。

男神。
チラシを複写した。

女神。
男神にしろ女神にしろ、神像というもの、仏像に比べ、その顔つき、人間くさい感を受ける。
思うに、佛はやはり異次元の存在なんだ。弥勒など、56億7千万年後にお出ましになる佛であるし。遥かな存在なんだ。
そういうことから考えれば、山川草木に宿る八百万の神々、案外気楽につきあえる存在なのかもしれないな。