マジメって、面白い(こともある)。

2〜3日、濃い映画が続いた。口直しにさっぱりした日本映画をひとつ。
主人公は、若い男。真面目な男。いや、クソ真面目な男。パリの街中をバカでかいストレッチ・リムジンで走り、何やら解らない行動をとる男とは違う。やはり、バカでかいストレッチ・リムジンでニューヨークを走る、金と女にまみれた男とも違う。第二次世界大戦の戦地から帰ったアルコール依存の男とも違う。ともかく、クソ真面目。

原作:三浦しをん、脚本:渡辺謙作、監督:石井裕也。
いやー、いい映画。ハチャメチャに面白い。
三浦しをんの原作は、昨年の本屋大賞第1位の大ベストセラー。私は読んではいないが、まず、この原作がよくできているに違いない。脚本も、それを映像化した監督・石井裕也の力量もあろう。とてもよくできた映画である。
大手出版社である玄武書房では、新しい辞書「大渡海」の作成を進めている。見出し語は、約24万語。完成までは15年を要す、という大事業。その編集部は、本社ビルとは別の小さな古ぼけた建物の中にある。
監修者である元大学教授の国語学者・松本先生、定年間近のベテラン編集者・荒木公平、調子のいいチャラ男・西岡正志、契約社員ではあるが、業務には精通している中年女性・佐々木さんがいる。
そこへ、定年間近の荒木公平、営業部で変わり者と言われていた男を辞書編集部へリクルートしてくる。名前は、馬締光也。”マジメ”って姓、現実にあるらしい。
「馬締君、”右”という言葉を説明できるかい?」、と荒木公平に聞かれた馬締光也、「西を向いた時、北にあたる方が右」、と答える。
辞書編集部での話と並行し、馬締光也の恋模様も進行する。下宿先の大家の孫娘に一目惚れするんだ。
この場面でも、馬締光也、時代離れしている。「オイ、イケッ」って後押ししそうになるくらい。もちろん、辞書編集部の面々も尻押しをする。何のかんのがある。

「辞書は言葉の海を渡る舟である」。「だから、”大渡海”」、と監修者の元大学教授・松本先生は話す。
そうなんだ。辞書には、”大”だとか、”広”だとかといった言葉がつくケースが多い。この”大渡海”に限らず、辞書というもの、大海原を渡った先に見えてくるものなんだな、きっと。

馬締光也と板前である大家の孫娘、結局、めでたしめでたしとなる。扮するのは、松田龍平と宮崎あおいである。ピタリ。
この二人ばかりじゃなく、この映画のキャスト、みなピタリである。
完成時には亡くなっているが、監修者の松本先生には、加藤剛、ベテラン編集者で定年になった後は嘱託として辞書の編纂に携わる荒木公平には、小林薫、調子のいいチャラ男・西岡には、オダギリジョー、業務に精通した契約社員の佐々木さんには、伊佐山ひろ子、すべてがピッタリ。
そればかりじゃない。下宿のおばさん・渡辺美佐子も、チャラ男の恋人・池脇千鶴も、まさにピタリの配役。
”大渡海”が完成、出版記念パーティーが開かれる。完成を待たず亡くなった、監修者の松本先生の遺影も飾られている。
しかし、雑誌部門のパーティーに比べれば、しょぼいパーティーである。でも、真面目にって連中が成し遂げた宴である。しょぼいパーティーではあるが、実り多いパーティーである。
マジメって、面白い(こともあるんだ)。