銀座7丁目の美。

後藤亮子展、先週開かれた。銀座7丁目の小ぶりなギャラリー。
10号前後の油彩画が15点ばかり。昔の仲間、10人ばかりで見に行った。

”とても心に響く色合いの作品、やわらかな不思議の世界にしばし遊びました”。これは、その後の仲間の女性Sのメール。
”表に表現したい心象を自らしたためることができ、尚且つ、其れを形象化する手段を用意できていることに・・・・・”。これはやはり、その後の仲間のI(男)のメール。


タイトルは≪響≫。
赤ピンがついていた。

これも面白い。タイトルは≪飛≫。
後藤亮子の作品、油絵の具で描かれたキャンバスそのまま、という展示が多い。額装されガラスに入り、ということは少ない。あまりない。今回は個展ということもあり、額装したようだ。ガラスがあるので、どうしても映りこんでしまう。

青く見える。しかし、よく見てみると、青と黄が溶けあっている。
<とにかく、ゲーテは基本になる色として黄と青を考えました。・・・・・一方、青が高進すると菫になります。この・・・・・>(齋藤勝裕著『光と色彩の科学』 講談社ブルーバックス 2010年刊)。


その左端の作品なんだが、だいぶ色調が異なっている。それ以上に映りこみがひどいな。ガラスの問題よりも撮し手の問題である。
後藤亮子、今回の個展出品作のタイトルはすべて漢字一文字。これは≪流≫。

このような作品も。右端の作品のタイトルは≪素≫。

映りこみがあるが。≪素≫。
<あの瞬間を忘れることができません。・・・・・そこから自己解剖が始まりました。・・・・・私の中に八つの「日本の美意識」を発見したのです>(黒川雅之著『八つの日本の美意識』 2006年、講談社刊)。
黒川雅之、”八つの日本の美意識”として、この8つをあげている。微、並、気、間、秘、素、仮、破、といった8つの事象。微や気、間、秘、素、破は、まあ解かる。しかし、並や仮なんて語に日本の美意識があるのかな、と考える。逆に、そこが凄い、とも言えるが。
兄貴の黒川紀章ほどの変わり者ではないが、弟の黒川雅之もそここそこの変わり者。建築家であることと共に思索家でもある。哲学をしている意識もある。
それはともかく、後藤亮子の≪素≫と、黒川雅之があげる8つの日本の美意識のひとつ「素」、いずこかで通底しているのであろう。

画廊の一角に文庫本が積んであった。タイトルは、『画廊は小説よりも奇なり』(宮坂祐次著 2010年、宮祐出版社刊)。
一冊求めようと思った。と、「言えば、お金なんかいらないわよ」、という声が聞こえた。
その声の主、諏訪の住人である、という老婦人。冬の時期には東京に来て、銀座のホテルに泊まっているそうなのだ。この画廊の近くのホテルに。『八月の鯨』の老姉妹は、夏の間メイン州の別荘で過ごしていたが、信州、諏訪の老婦人は、冬の間銀座のホテル暮らし。銀座7丁目、優にして典雅でもあるひと時も。
「どうぞ」、と言っていただいた文庫本も面白い。”小説よりも奇なり”という画廊稼業を、40年もの間続けてきた人のお話だから。
それも含め面白いこと幾つかあるが、筆は措く。