危険なメソッド。

20世紀初め、1904年、チューリッヒ郊外の精神病院へ一人の若い女性が運ばれてくる。馬車の上で顔を歪め喚き散らすこの患者、ロシアから来た少女。名を、ザビーナ・シュピールラインという。
この若い女性の担当医は、カール・グスタフ・ユング。29歳の若い精神科医だ。
この時、カール・ユング、ウィーンの精神分析医、ジークムント・フロイトが提唱している「談話療法」に取り組んでいる。ロシアから来た若い女性患者・ザビーナの治療にも、フロイトの「談話療法」を取り入れる。
「談話療法」により、ザビーナの病は、幼少時の父親による性的虐待によるトラウマであることが炙り出される。しかし、それと共に、医者であるカール・ユングと患者であるザビーナ・シュピールラインとの間に、抜き差しならない関係が生じる。カール・ユングには妻がいる。しかし、だ。
精神分析に於ける「談話療法」、”転移”と”逆転移”といったことが、まま起こる。
考えてみれば、当然のことだ。
医者は患者に、それまでの心の内を聞き出す。知れば知るほど、医者の感情は患者に移入する。このことを、”転移”と呼ぶようだ。逆の場合は、”逆転移”。
互いに若ければ、どうなるか。火を見るよりも明らかだ。ユングとザビーナの間もそのケース。

監督:デヴィッド・クローネンバーグ。
キャストは、カール・ユングにマイケル・ファスベンダー、ジークムント・フロイトにヴィゴ・モーテンセン、そして、ザビーナにキーラ・ナイトレイ。
扱うのは、精神分析の世界。その舞台は、チューリッヒとウィーンという中欧の渋い街。興味は尽きない。

このように、史実に基づいたお話なんだから。
面白い。

精神分析と言えば、誰しもまずは頭に浮かぶのは、フロイトだ。”無意識”だとか、”エロスとタナトス”だとか、といった言葉と共に。
いや、それがどういうものであるか、どういうことであるか、といったことには関係ないんだ。それがフロイト、で済んじゃう。それでいいんじゃないか。
それにしても、100年前の人は四六時中煙を出している。
フロイトは常に葉巻を吸い、ユングはいつもパイプを燻らせている。
フロイトは1856年の生まれ。ユングは1875年生まれである。約20年、年が違う。だから、フロイトとユング、親子のようだとか、兄弟のようだとか、といった間柄であった。しかし、その関係が崩れる。ザビーナが介在することによって。

この写真では、残念ながら伝えられないな。ロシアから来た若い女性・ザビーナ、とても美しい女性なんだ。
途中で、彼女のことを言うことに、”Russiann Jew”という言葉が使われた。そのまま訳せば、”ロシア系のユダヤ人”となる。
UCLAを出た知合いの英語使いに、こういう表現はあるのか、と聞いた。普通は”Jewish Russian”なんだがな、という返答であった。そうだろう。
この後のことだった、と思う。
ジークムント・フロイトが、ザビーナ・シュピールラインへこう言うんだ。
「ユダヤ人は、アーリア民族を信用してはいけない」、と。
ジークムント・フロイト、ユダヤ系のオーストリア人である。ザビーナ・シュピールライン、ユダヤ系のロシア人である。
ユダヤ人であるフロイト、同じユダヤ系のザビーナに対しこう言う。
「我々ユダヤ人は、アーリア民族を信用してはいけない」、と。
ザビーナ・シュピールライン、1942年、ロシアに侵攻したナチスドイツにより、銃殺される。
フロイトがザビーナに言った「我々ユダヤ人は、アーリア民族を信用してはいけない」、という言葉、はたして今でも生きているのか。
この映画の監督、デヴィッド・クローネンバーグ、その名の響きから言って、ユダヤ系。ユダヤ人の物言いを、しっかり伝えている。