フェイシング アリ。

先だってのロンドン五輪の時にも、その姿は見かけた。しかし、強烈な印象を残すのは、1996年のアトランタ五輪の開会式であった。モハメド・アリが、聖火の点火者として姿を現した。パーキンソン症候群を患っているモハメド・アリ、ブルブルと大きく震える手で聖火を点火した。あの場面、全世界が感動に打ち震えたに違いない。

史上最大のスポーツマンは誰か。スポーツ分野でのスーパーヒーローは誰なのか。
何人か、いや、それ以上の名や顔が浮かぶ。だが、真っ先に思い浮かぶ名は、モハメド・アリではなかろうか。モハメド・アリの存在、単にスポーツ分野に留まらない。
ネーション・オブ・イスラム、ブラック・モスレムへの改宗。ベトナム戦争への徴兵拒否、いわば、国家への反逆。己の信条に基づいた闘いを続けてきた。パーキンソン症候群との闘いも、そう。
偉大なるチャンプ、リング外でも多くの闘いを続けてきた。
しかし、何と言っても、ヘヴィーウェイトのチャンピオン・ボクサーとしてのモハメド・アリだ。多くのボクサーと闘った。

この映画、「フェイシング アリ」のポスター。
モハメド・アリとグローブを交えた10人のボクサーがモハメド・アリのことを語っている。
ジョージ・フォアマン、ジョー・フレージャー、ラリー・ホームズ、レオン・スピンクス、ジョージ・シュバロ、ケン・ノートン、ヘンリー・クーパー、ロン・ライル、アーニー・シェーバース、アーニー・テレルの10人。皆さん、懐かしい名前である。
現役時代の彼ら、モハメド・アリにボロクソに言われていた人もいる。何しろモハメド・アリは、「俺は最強のボクサーだ。俺は世界の王だ」、と言っていた男なんだから。
しかし、彼ら、ジョー・フレージャーだったかジョージ・フォアマンだったか、「喋れない彼の代わりに、我々がその愛を語り継ぐんだ」、と話していた。
モハメド・アリを抜きにして、彼ら同時代のボクサーは語れないばかりじゃなく、モハメド・アリ抜きにして、その時代を語れないんだ。
前記した10人の話、とても面白い。アリあっての自分、ということ共通している。だから、ヘタをすると、モハメド・アリ賛歌、となるところを踏み止まっている。
この映画の監督、ピート・マコーマックという男。今までウガンダ紛争やアフリカのHIV問題を取り上げたドキュメンタリーを撮ってきた男であるそうだ。素晴らしいドキュメンタリー創った。
なお、上のポスターの写真は、1965年5月25日、モハメド・アリの世界王座初防衛戦の第1ラウンドの模様である。下でのびているのは、ソニー・リストンだ。
何故そんなことが分かるのか。実は、ジャック・ルメル著、国代忠男訳『モハメド・アリー ブラック・アメリカン・ファイター』(2000年、解放出版社刊)にこの写真と同じ写真が出ているから。
それにしても、アリがリストンに挑戦し、勝った時には驚いた。確か、フロイド・パターソンからタイトルを奪ったソニー・リストン、人間離れした男であった。熊のような男であった。こんなヤツに勝てるヤツなど当分出てこないだろう、と思っていた。
ところが、カシアス・クレイ時代のモハメド・アリがソニー・リストンに勝った。リターンマッチもKOで制した。それが、上の写真である。
ソニー・リストン、フロイド・パターソン、ジェリー・クォーリーの3人は、既に鬼籍に入っている。この人たちの話も聞きたかった。いずれもユニークなボクサー、私は特に、熊のようなソニー・リストンの言葉を聞きたい、な。


ジョー・フレージャーじゃないか。
ジョー・フレージャーとは3度対戦し、モハメド・アリの2勝1敗。1975年、マニラでの一戦は、伝説となった。

1974年、ザイール、キンシャサでのジョージ・フォアマンとの戦いではないかな。
「俺は行かない。なぜ黒人と呼ばれる俺が1万6000キロも離れた土地に行って、罪のない有色人種の頭上に爆弾を落とす必要があるのか」。
モハメド・アリ、ベトナム戦争への徴兵拒否を表明したことにより、1967年、世界王座のタイトルを剥奪される。
モハメド・アリ、その後、4年近くリングへ上がることは叶わなかった。ボクサーとして、本来ならば全盛期であろう時期を棒に振った。
ザイールでのジョージ・フォアマン戦、その後である。当時、世界最強のチャンプであるジョージ・フォアマンに、モハメド・アリは勝つ。後に、”キンシャサの奇跡”と言われるものだ。
とても面白い映画、でも、東京でも単館上映。上映されているところは少ないが、今頃は東京でない町でも掛かっているのではないか。
なお、モハメド・アリに関する書籍は多い。身体が小さいので極真空手を習い、アリと対戦したなんて人の書もある。この人、白人であるが、全編アリ賛歌。それも面白い。
しかし、これぞ正統派、というモハメド・アリについての書籍は、これである。
トマス・ハウザー著、小林勇次訳『モハメド・アリ その生と時代』(岩波現代文庫、2005年刊)。
文庫本であるが、上下巻で950ページを超える大部なもの。ところが、これが面白い。
アリのこと、アリのライバルのこと、アリの取り巻きのこと、アリの家族その他、とても面白い。アリはもちろん、200名以上の人にインタビューしている。モハメド・アリ、そして、モハメド・アリを通しその時代を描いている。
それはそうと、「フェイシング アリ」、今は、東北や関西以西やというところで掛かっているようだ。もし、掛かっているところの人がいたら、おすすめする。