戦火の馬。

馬と人とのお話である。

スティーブン・スピルバーグ、さすが手練れの名匠。極上の職人芸を見せてくれる。

イギリスの田舎町。馬の競り市で、農家の親父が一頭の馬を競り落とす。純然たる農耕馬ではない。農耕には不向きと思われるサラブレッドの血が入っている馬だ。当然、カミさんは怒る。こんな馬に畑仕事ができるか、と。
しかし、アルバートという名の一人息子は、この馬を可愛がる。ジョーイと名づけられたこの馬、畑仕事も頑張る。まずは、少年と馬との物語。
その内に第一次世界大戦が始まる。軍馬も求められる。ジョーイも軍馬として売られる。
それを知ったアルバート、悲しみ、取り戻しに行く。軍に売られた馬、取り戻すことなど、もちろんできない。しかし、この時の、英軍の将校とアルバートとの間の関係、なかなかシャレている。「私が預かっておく。戦争が終わったら君に返す」、と。ジョーイ、戦闘が続く大陸へ送られる。フランスの地へ。
農家の一人息子であるアルバート、年齢を偽り、軍へ志願する。ジョーイの後を追う。

軍馬としてフランスへ送られたジョーイ、厳しい戦闘に巻きこまれる。ドイツ軍の手にも落ちる。フランス人の老人と少女に匿われることもある。探索に来たドイツ兵に、あわや見つかるか、といった場面も。
ジョーイ、ぬかるんだ山道を、重火器を引いて登らされる。地雷原も駆け巡る。ハラハラ、ドキドキという場面が続く。感情移入も、これでもか、というほどさせてくれる。ハリウッドを代表する手練れの職人芸だ。

スティーブン・スピルバーグ、この映画のテーマは”希望”ということだ、と語っている。
希望か。たしかに多くの希望がちりばめられているように思う。
例えば、こういう場面がある。
イギリス軍とドイツ軍が対峙する塹壕戦の場面だ。英独両軍の間に張り巡らされた鉄条網に、ジョーイが絡まる。もがけばもがくほど、鉄条網はジョーイの身体に喰いこむ。
見ていられない。観客は、ジョーイになりきる。ジョーイの痛みを、自らの痛みとする。スピルバーグの技である。
手練れの職人・スピルバーグ、その場面にこういうことも持ちこむ。
ジョーイが鉄条網に絡まり、もがけばもがくほど鉄条網が喰いこむ、という時、イギリス軍の塹壕からも、ドイツ軍の塹壕からも、兵隊が出てくるんだ。あり得るか。
いずれの軍にしろ、塹壕から出てきた相手の兵は、銃撃するのが通常であろう。しかし、両方の塹壕から兵隊が出てくるんだ。ドイツ兵など、鉄条網を切るカッターを持って。両軍の兵、合い協力して、ジョーイを鉄条網から解き放つ。
観客はホッとする。良かったって。
ハリウッド映画、それでいいんだ。
そう言えば、この馬・ジョーイの目、人間そっくりでもある。