エンディングノート。

69歳、たまたまではあるが、カダフィと同じ齢で逝った砂田知昭さんは、幸せな最期を迎えた。
コンガリと焼けたトーストにバターを塗りながら、生前の砂田知昭さん、こう話す。「こういうおじさんが、日本をしょってきたんですよ」、と。たしかに、そうだ。
砂田さん、大学を出た後、丸の内に本社がある化学メーカーに勤める。営業畑一筋、会社命の熱血サラリーマンだったそうだ。67歳で退職する時には、役員になっている。自宅は、都心に近い代々木、奥さんや子供たちとの折り合いもいい。サラリーマンとしては、物心両面恵まれた人生だ。
「さあ、これからが第二の人生だ」、と張り切っていたところ、ほどなく、胃癌が見つかる。それも、末期癌。しかし、オレたちが日本の高度成長を成し遂げた、という自負を持つ猛烈サラリーマン生活を送ってきた砂田さん、そんなことにはへこたれない。落ち込まない。
得意の”段取り”を考えていく。終活だ。エンディングノートを作っていく。To Do List・これから行なうべきリストを作る。
それを追った映画が、『エンディングノート』。砂田さん一家のドキュメンタリー。とても面白い。

監督は、砂田麻美。「私の指導不足で、30過ぎてもヨメに行く気配がない」、と砂田知昭さんが語る彼の次女。初監督作。撮影も、砂田麻美自身。
砂田麻美、素晴らしい映画を撮った。
死に至る父親の行動を記録しているのであるが、タイトルから受ける暗さなど、微塵もない。むしろ、明るい。涙もあるが、笑いもある。父親や家族の行動を、客観視している。冷徹ではなく、暖かく。だから、とても面白い。
実は、この映画、タイトルに惹かれて観た。どういうものか、まったく知らずに。観て、何か、得をしたような気分になった。心もちがいい。どこか、ほんわか、とした気持ちになる。
だから、タイトルも、その言葉自体が持つ重さを和らげ、どこか、ほんわか、とした色調にした。少し加工して。こういう感じなんだ、この映画。

それはともかく、砂田さん、熱血サラリーマンから、終活大忙し人間になる。To Do Listには、こういうことが並ぶ。
神父を訪ねる。洗礼を受ける。気合いを入れて孫と遊ぶ。最後の家族旅行へ行く。自民党以外に投票する。その他もろもろ、10数項目。
砂田さん、いずれ来る葬儀は、近親者で、親しい人だけで行なってもらいたい、と考える。そのリストも作る。
クリスチャンになろうとも考える。幾つかの理由もあるのだが、録音止めて、と言って、コストもリーズナブルじゃないかな、と言うところも面白い。さすが、企業戦士だが、そのもの言いが、少しもイヤらしくない。むしろ、愛らしい。四谷の聖イグナチオ教会へ行く。
アメリカに住む長男の小さな孫と、テレビ電話で話すのを楽しむ。いよいよの時には、その孫も駈けつける。楽しそうだった。
最後の家族旅行は、志摩へ行く。そこでアワビのステーキを食う。志摩のそのホテルで、以前に食べたアワビのステーキが旨かったから、というのが、その理由。思い出の晩餐は、アワビのステーキ、これも、いいな。らしい。
車の中で、次女(監督の砂田麻美です)から、「お父さんは、今度の選挙、どこに入れるの?」、と聞かれ、「親子といえども、それは秘密だ」、と言いながら、「民主党だな」、とも言う。
砂田さんが亡くなったのは、一昨年の暮。だから、砂田さんがエンディングリスト、To Do Listをこなしているのは、2年前の政権交代選挙の前後の頃なんだ。おそらく、それまでは自民党に投票していたであろう砂田さんばかりでなく、この時には、民主党に入れた人が多かったであろう。
その他もろもろ、エンディングノートを着々と実行していく砂田知昭さんを、監督である次女の砂田麻美は、クールに、でも、温かく記録していく。
だから、出てくる人、皆、名優に思える。巧まずして自然な砂田さんはもとより、家族の人たちも、神父さんも、担当医も。監督の砂田麻美の腕でもあろう。このテーマで、これほど面白い映像を為したのは。
砂田知昭さんの人生、その終わり方、素晴らしい。羨ましいくらいに。でも、世には、さまざまな人生がある。今の日本の実情、砂田さんのような人ばかりじゃないこと、承知の上ではあるが。
今、このエンターテインメント・ドキュメンタリー、全国の劇場で掛かっている。お薦めだ。