力作瞥見(3)。

好きかどうかは知らないが、世の中には、ずっと人助けをしている人がいる。K.H.もそんな人のひとり。

K.H.の作品。2点共、タイトルは同じ。「2011 夢幻」。F40。カンバスにアクリル。
タイトルに、わざわざ”2011”と入れているところから見ると、潜在意識にあるあの惨状を顕在化しよう、と考えたのかもしれない。真面目な男だから。
それにしても、左の作品は、佛っぽいし、右の作品は、曼荼羅にも思える。
K.H.に聞くと、仏教のことを描きたいと考えている、という。そう言えば、よくは憶えていないのだが、前回展の時にも佛っぽい作品だったような気がする。ただ、その時には、何年も前に亡くなった夫人のことを描いたのじゃないか、と思っていた。その俤をそういう世界に置きかえて、と。
ただ、K.H.、今年初めに再婚した。万葉人の面影をやどす人(仲間のY.I.の言)と。このこと、再婚祝いを兼ねた飲み会をした折り、「再婚内裏雛」として記した。
しかし、K.H.、亡くした夫人、再婚などということとは別次元で、佛っぽい作品を描いているもののようだ。より大きな佛の世界、救済とでもいう意味合いかもしれない。K.H.がいう仏教というもの。

佛だな。白毫もあるし。衆生を救う佛さま。
K.H.、公務員として福祉関係の仕事をリタイアした後、ずっと民生委員をやっている。民生委員、もちろん、無償。電車代などの実費は出るそうだが。エライ男だ。
独居老人、生活困窮者、障害を持つ人、・・・・・、相当数の人たちを担当している、という。世のため、人のためになることなど、何にもしていない私など、そう聞くだけで尊敬してしまう。いつか、そう言ったら、「そんな、そう言われるほどのものではない」、と言っていたが。
そう言うところが、また凄い。

K.H.の力作。私が、勝手に曼荼羅かな、と思った作品。
手が描かれている。手を差しのべているんだ。おそらく。
人助けをしているんだ。K.H.が言う仏教の世界だ。これを力作と言わず、何とする。
今日、K.H.の息子夫婦が来ていた。息子の若い嫁さん、華やいだ声で、「お父さんの絵、凄い。上手」って言っていた。それを聞いた私、「そうだ。あなたのお父さんは、凄いんだ」、と言った。絵ばかりじゃなく、他の意味も含め。
側にいた息子に、「あなたはどう思う?」、と聞いた。「いや、あまり見ていないので」、と返ってきた。まあ、実の息子は、何とも、言い難いよ、な。
画廊が閉まった後の飲み会で、K.H.から面白い話を聞いた。
K.H.、サム・フランシスの大きなリトグラフを持っている、という。ある事情から持つことになったそうだ。額装された大きさが、タタミ一畳半ほどもあるものだそうだ。驚いた。
そんなに大きなもの、飾るところがない。そりゃそうだ。で、タンスの後ろに立てかけてある、という。何年も見たことがないので、シミかなんかがついているかもしれない、と言っている。
で、「我々の次回展には、そのサム・フランシスを出品しろ」、と言ってやった。私ばかりでなく、他の連中も。悪乗りして、「K.H.の名で出品してもいいよ」って。
それはそれとして、このサム・フランシス入手の件も、人助けがらみでのことらしい。詳しいことは、記さないが。

H.I.の作品。タイトルは、「街なか模様」。大きな作品だ。170cmX240cmある。木製パネルに淡彩紙片貼り付け。
これは、力作。なにしろ、600枚以上の紙片が貼り付けてあるんだ。会場に入ってくる人の100人中99人は、驚く。
H.I.、ベラボーな酒飲みだ。飲んで帰る電車の中などで、前の人の顔などをササッと描くそうだ。小さな紙にボールペンで。それをパネルに貼り付けてある。600枚以上も。
H.I.に聞いた。いったい何人ぐらいの人が描かれているのか、と。H.I.の答えは、解からない、数えられない、と。そうだろうな。
H.I.、前回展にもこのような作品を出していた。その時にはボールペンで描いたそのまま、一色だった。今回は、それに淡く色づけしている。力作度、弥増す。
しかし、これではその模様解かり難い。その一部に、ググーと近づいてみよう。

こうだ。
いろんな光景が描かれている。しかし、よく見ると、飲み屋の光景が多い。作品全体の中には、いったいどのくらいの飲み屋が描かれているんだ、と誰しもが思う。H.I.に聞いた。答えは、おそらく、100軒以上、と。
ほとんどすべては、いわゆる一杯飲み屋、安い飲み屋ばかりである。壁に、太平山、白鹿、酔心、なんて紙が貼ってある店ばかり。
H.I.、今は相談役に退いたらしいが、つい先日まで、200人ばかりの社員を抱える建築設計会社の会長をしていた。建築設計のみで、従業員200人を抱える企業は、大きな規模であろう。そのトップ、安い飲み屋や、安い食いもの屋が大好きなんだそうだ。初めそれを聞いた時には、ホントかな、と思ったが、どうも本当らしい。時には、接待で豪勢な店にも行ってることだろうが。
それにしても、居酒屋好き。銭湯も好きらしいが、飲み屋に較べては、貼り付けてある頻度は下がる。駅の立ち食いそば屋も好きなようだ。。洋光台駅そば、なんて何枚もあったような気がする。
それにしても、思う。
前回展から2年。今回の作品、その後に描いたものばかりだと言う。その間に、100軒以上。当然、馴染みの店も多いだろう。四六時中通っている店も。実際にも、同じ店の光景が何枚も出てくる店もある。それで、100軒以上とは、毎日、飲み歩いているんだな。これは、確かだ。どう考えても。
より近づこう。

よく見ると、”浅草橋 鈴木酒蔵店”とか、”笹塚 常盤食堂”とか、”新橋 山州屋”とか、といった店の名も書いてある。立ち飲み屋でも飲んでいるんだ。食堂でも飲んでいるんだ。
真ん中の”新橋 山州屋”の壁には、ニッカスーパーとか、サントリー角とか、ウーロンハイとか、生ワインとか、おいしいトマトサワーとか、きゅうりサワーとか、と書いてある。ジンジャーハイボールって私は知らないが、450円だ。赤い字の料理の値段は、3〜400円台が多いな。
そう言えば昨日、どの店かは知らないが、どこかの飲み屋のおかみさんが、おしんこを刻んだものや、鰯を煮たものや、その他もろもろ、酒のつまみを差し入れに来たそうだ。文房堂ギャラリーに。さすが、だ。
オッと、飲み屋のことばかりを書いていて、危うく忘れるところであった。H.I.の技量のこと。その手馴れたテクニックのこと。
これは、凄い。
誰かが言っていた。「アイツ、美研じゃなく、漫研にいたんじゃないか」、と。その、人の表情の捉え方、漫研の連中でも叶うまい。
それどころか、叶う絵描きは、ドーミエぐらい。チと、誉めすぎか。そうでもあるまい。