心安らぐ人たち。

新聞にしろ何にしろ、面白くない顔ばかり出てくるな、と思っていたら、面白い人たちのことを思い出した。
2〜3週間前NHKでやっていた樹木希林と尾久彰三の珍道中。この二人の掛け合いも面白かったが、行く先々で会う人も皆面白い人たちばかり。ノンビリとして、心安らぐ人たち。
番組中の二人、あちこちに行っていたが、佐渡にも行っていた。船箪笥を探しに行くんだ。

佐渡に渡った樹木希林と尾久彰三の二人、腕を組みながら、街道筋をフラフラと歩いている。
佐渡には、一度だけしか行ったことがない。はるかな昔、学生時代、夏の半月ばかり、軽井沢で家庭教師兼お守役のようなアルバイトをした。何しろ、軽井沢などというところへ行ったのは、初めてのこと。バイト代を貰うのが悪いような、夢のようなバイトであった。それはともかく、
約束のバイト期間が終わり、貰ったバイト代で、日本海寄りの地を少し歩いた。その時に、佐渡へも寄った。泊まった安宿で、風呂に入ろうと思ったらタオルがない。宿の人に、「タオルが見当たらないんだけど」、と言ったら、「ウチは、タオルなんかないですよ。ウチへ泊まる人は皆タオルを持ってくるのよ」、と言われた。まあ、貸してくれたが、そういう飛びきりの安宿だったのだ。たしか、相川だった。
それ以降も、あちこちの安宿に泊まってきたが、タオルのない宿は、ここ以外憶えがない。いかな安宿といえども、タオルぐらいはあった。安宿どころか、駅のベンチで夜を明かしたこともある。しかし、楽しい旅だったな。だが、それもともかく、
この映像の樹木希林と尾久彰三が歩く小木街道、別に、朝早くというワケでもないだろうに、車も走ってなきゃ人も歩いていない。半世紀近く前には、もっと人がいたのに。

たしか、宿根木。オッ、横尾忠則のY字路だ、という町並。
それよりも、長年月、潮風に晒された板張りの家、まさに、そのまま骨董品。

お二人さん、佐渡へは、船箪笥を探しに行っている。船箪笥、このようなもの。
江戸時代、日本海を行き来する、五百石船や千石船の船頭の頭領が、常に側に置いていたもの。大事な書類を入れるもの故、鉄が多く張られ、ガッシリと作られている。小ぶりで、味がある。

これは、醤油樽。なぜ醤油樽が出てくるのか、と言えば、
お二人、道端の小さな古道具屋へ入る。おかみさんが一人で店番をしている。亭主もいるのだが、亭主は、向うの方の醤油樽の中に入っている、という。教えられた道を歩いて行くと、畑の中に大きな醤油樽が見えてくる。
大きな醤油樽の一部を、人が潜れる程度にくり抜き、ご亭主は、その中で一杯やっている。店番は、カミさんに任せ。

樹木希林と尾久彰三の二人も、くり抜いた穴から中へ入れてもらう。それが、この映像。
ずいぶん大きな醤油樽なんだ。3人入っても、まだ、あとひとりや二人入れそうだ。いや、この映像、カメラマンも中に入っているはずだから、詰めれば、まだ3〜4人入れるのかもしれない。
いや、そんなことよりも、店番はカミさんに任せ、自分は醤油樽の中で一杯やっている亭主、こんなことを言うんだ。

”カエルの音が絵にできれば一番”、なんて浮世離れのしたことを。何ちゅうことを宣うのだお主は、とも思うが、何とも羨ましい御仁でもある。
尾久彰三、「これぞ男の箪笥イズム」、と言っていた。ダンディズムに”箪笥”を当ててんだ。
いい気なもの、と言えば、たしかに、そう。
しかし、今日の新聞や何かに出てくる、引きつった顔つきの皆さんに較べれば、醤油樽の中で一杯やっている人、ノンビリとして、心安らぐ。