救われるねー。

あちこちの町から、本屋の姿が消えて久しい。豆腐屋もなくなった。銭湯もなくなった。
本屋は、ショッピングモールの大型書店に駆逐され、豆腐は、スーパーで買うものになり、銭湯は、そのもの自体需要がない。
映画館も同じ。町中から消えた。映画は、大きなショッピングモールに入っているシネコンで観るものになってしまった。町中の映画館など、東京や大阪といった大都市以外ではないだろう。
ところが、北海道の浦河に、小さな映画館が残っている。
浦河町、日高地方の南の方にある。大雑把にいえば、襟裳岬に近い。人口1万4千余の牧場と漁業の町だ。その町に、創業93年目を迎える小さな映画館・大黒座がある。
ふた月ほど前、古い友人の男から手紙がきた。以前、映画を撮ることを生業としていた男だ。
<仕事もなく、畑に出て、晴れては耕し、雨の時は方丈の休憩小屋で、本を読んだり読まなかったり、晴耕雨読といえば聞こえはいいのですが、・・・・・>、と書いてある。それはいい。我らの世代、皆そうだ。終わりの方に、こう書かれている。
<岩波映画時代の先輩である四宮鉄男さんが関わった、とても面白い映画がある。時間といくばくかの余裕があれば、観に行ってくれ>、と。ふた月近く前、6月下旬に観に行った。東京の小さな映画館、ポレポレ東中野のモーニングロードショーへ。この映画、朝にしか掛からないのだ。
それが、これ。ドキュメンタリー『小さな町の小さな映画館』。素晴らしい映画であった。

小さな町、浦河の小さな映画館。大黒座、現在の館主の曾お祖父さんが、大正の初めに造った。現在、映画館は3代目、館主は4代目。今の座席数は48。

小さな町の小さな映画館・大黒座、昔はもっと大きな映画館だったそうだ。2百何十もの座席を持つ。お客さんがバンバン来ていた、という。
何しろ、港に活気があったころには、遠洋から帰ってきた漁師たち、銭湯(名前は、恵比須湯。恵比須湯に大黒座、洒落てる)で身体を流したあとは、大黒座で映画を観て、その後、歓楽街へと繰り出したものだそうだ。大黒座も儲かった。今は昔のお話。
浦河町、過疎化が進み、人口は減り続けている。映画を観る人も少なくなった。ひとりの客も来ない日もある。ひとりでもお客があれば、上映している。厳しいよ、維持していくのは。
もちろん、大黒座を応援している人たちはいる。180キロ離れた札幌から、バイクを飛ばして観に来てくれる人。採算の取れない方式の畜産をしながら、片道400円のガソリン代をかけて観に来てくれる人。サポーターズクラブを立ちあげてくれる人もいる。しかし、経営が厳しいことには変わりはない。
ところが、4代目館主の三上雅弘さん、シレッとした顔で、こんなことを言うのだ。
「大変は大変ですが、何でもないこと。ただ、経済的に大変なだけですから」、と。映写機を回しながら、どうってことない、と語る。奥さんの佳寿子さんも、ポスターを貼りながら、ケロッとしている。
この4代目夫婦の姿が、とてもいい。
この記録映画、いい人がいっぱい出てくる。気持ちのいい人が、いっぱい。中で、一番気持ちのいい人は、4代目館主の三上雅弘さん。訥弁で、ボソボソと話す。
別に、地方文化の灯を消すなとか、オレは使命感に燃えてんだ、なんてこととは別次元。やりたいから、やっているのだ、ということなんだ。それが、とても気持ちいい。
世界同時株安がどうこうとか、為替レートがどうこう、といった世界とは、まったく異質の世界。ここ数日、京都のイケズが、五山の送り火に陸前高田の薪をどうこう、と言っていることなど、まったく超越している。心平らかな人たちなのだ。大黒座の人たちは。
三上さんの、ボソボソと語る言葉に、救われる思いがする。心が、洗われる。

初日に行ったワケでもないのに、どういうワケか、プロデューサー兼監督兼カメラマンの、森田恵子さんの舞台挨拶があった。舞台でなく、ポレポレの通路の端で挨拶をしたのだが。
この『小さな町の小さな映画館』を撮るため、東京と浦河の間を、2〜3年行き来したそうだ。さまざま話されていたが、こういうことも語っていた。
撮り始めたころ、高校生だった三上さん夫妻のひとり娘の○○ちゃんが、札幌の大学へ行くのだろうと思っていたら、何と尾道の大学へ行った。○○ちゃん、今、尾道にただ一館しかないシネマ尾道で、ボランティアスタッフをしている。映画がタダで観られる、という理由で。だから、尾道へも撮りに行くことになった、と。
○○ちゃん、尾道の学校を出た後は、浦河へ帰り、大黒座の5代目を引き継げばいいな、と思う。誰か、映画の好きな男を婿にして。厳しく、大変だろうが。
親御さん同様、好きだからやってるのって言って。
こういう映画、あちこちで上映してもらいたいが、そうもいかないだろう。古い友人からの手紙で観た私は、幸い。
心安らかになり、救われるねー、という気持ちになった。素晴らしい映画だ。