おひねりっー。

南アルプスの麓にある長野県大鹿村、世帯数541、人口1181人、という小さな村だ。
北海道の美瑛町や岐阜の白川村などとの「日本で最も美しい村連合」の創設メンバーのひとつでもある。しかし、何よりの自慢は、歌舞伎。村役場の前には、”歌舞伎の里”との立て札がある。

歌舞伎といっても村歌舞伎。だが、300年以上の歴史を持つ。江戸や上方に負けない。
大鹿村、長野県の南部。村役場では、リニアモーターカーができれば、この村も東京と大阪に挟まれた大文化圏になるとか、村から出ていった若いヤツも戻ってくる、なんて浮世離れした議論もしている。
しかし、そんなつまんねぇ話は速く切りあげ、歌舞伎の稽古をしようぜ、という男がいる。『大鹿村騒動記』の主人公で、シカ料理屋「ディア・イーター」を営む男・風祭善だ。サングラスにテンガロンハットのこの男、大鹿歌舞伎の花形役者なんだ。ずっと主役を張っている。大鹿歌舞伎開演まで、あと5日しかない。
ところが、それどころじゃない事態が巻き起こる。歌舞伎の稽古どころじゃない事態が。そこから、大騒動が起こるんだ。
監督は、阪本順治。面白い、味のある映画を創りあげた。それよりも、
大騒動の発端は、これ。

18年前に駆け落ちした女房の貴子と、その相手、幼なじみの治が帰ってきたのだ。
「善ちゃん」。「治ちゃん?」。「返すよ。駆け落ちしたことさえ忘れてるんだ」。「ふざけんな。返すなら、元のままで返せ」。18年前駆け落ちした女房の貴子、認知症で記憶を失っているのだ。
このやりとりの間合い、何とも言えない。哀しくもあり、可笑しくもあり、深くもある。
善ちゃんは、先日死んだ原田芳雄、治ちゃんは、岸部一徳、駆け落ちした女房の貴子は、大楠道代。
善ちゃん、18年前に駆け落ちし、のこのこと戻ってきた治と貴子の二人が、憎くないはずがない。しかし、戻ってきた女房は、記憶を失っている。相手の治ちゃんも、落魄している。二人を泊める。翌日、帰ろうとする治ちゃんを、「歌舞伎観ていかないのか」、と言って押し留める。
何とも言えないねー。いいねー。この心情。この感覚。
大鹿歌舞伎の稽古は続く。台風がきて、村内放送も流れる。『大鹿村騒動記』、揺れに揺れる。
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それにしても、原田芳雄、岸部一徳、大楠道代ばかりじゃなく、出てくる皆さん芸達者ばかり。石橋蓮司、佐藤浩市、三国連太郎、・・・・・、芸達者じゃのー、という役者ばかり。主役を張った原田芳雄など、この撮影後すぐに死ぬなんて、とても思えない姿。寝取られ男だが、凄くカッコいい。「はらだー」って声が掛かってもおかしくない。
終わりの大鹿歌舞伎の舞台が、またよかった。
大鹿歌舞伎のオハコ中の十八番、『六千両後日之文章 重忠館の段』。善ちゃんが演じるのは、主役の景清。随所で大見えを切る。舞台には、おひねりがバンバン飛んでくる。
『大鹿村騒動記』、哀しうて、面白い映画。とても滋味深い。
私も、おひねりを飛ばしたい。「おひねりっー」って。