意思の持続。

試合後の澤穂希、こう語っている。「勝つんだ、と思っていた。決してあきらめない、と思って戦った。あきらめずに、全力で走った」、と。
勝負事、自らよりも強い相手と戦う時には、どのような人でも緊張する。萎縮することもあろう。多くの修羅場をくぐり抜けてきた人でも、勝てないんじゃないか、と思うものだ。ましてや、今まで20回以上対戦し、一度も勝っていない相手。その強豪に勝つにはどうするか。勝つんだ、あきらめない、という強い意志を持ち続けるしかない。
澤穂希、そして、なでしこジャパン、勝つんだ、あきらめない、その意思を持ち続けた。
アメリカは、たしかに強かった。試合開始後1分で、実力差を感じた。一方的に攻められた。攻められ続けた。だが、堪えた。
前半45分間、0−0で折り返した時には、ホッとした。2〜3点取られても仕方ないな、という展開だったので。ゴールキーパー・海堀あゆみのファインセーブもあった。アメリカのシュートが何本もゴールポストに嫌われた、ということもあった。そういう運も、勝つんだ、という意思がもたらしたものであろう。
先制されても、追いつく。再度リードされても、また追いつく。それも、タイムアップ間際に。これこそ、意思の力の持続以外の何ものでもない。

午前3時、NHKの画面にフランクフルトからの中継映像が流れる。ゲーム前、ピッチにひとり立つ澤穂希。

FIFA女子サッカー、ドイツ大会の決勝戦だ。

出を待つなでしこジャパン。キャプテン・澤の表情は、引きしまっている。右手で握っている左手の上腕部は、ジャパンのマークじゃないかな。

国歌・君が代を聴く澤。左は、ゴールキーパーの海堀。
海堀、アメリカの猛攻をよく防いだ。特に、延長でも決着がつかず、PK戦にもつれこんだ時、相手のPKを2本も止めた。海堀、このゲームのMVPとなったが、当然だ。

日本の先発メンバー。
10番は、キャプテン・澤。

アメリカの先発メンバー。
20番は、アメリカのエース、フォワードのワンバク。このゲームでもゴールを挙げた。1番は、今大会屈指のゴールキーパー・ソロ。
それにしても、決勝の相手、世界最強のアメリカで本当によかった。何ごとによらず、アメリカを破ってこそ。

アメリカは強い。ゲーム開始直後から、アメリカの猛攻が続く。
こういう場面が多く続く。ゴールキーパー・海堀、右へ左へ、上へ下へ、跳ぶ。よくぞ凌いだ。
アメリカに先制されたが追いつき、前後半戦って1−1。日本、意思の持続で、延長戦へ持ちこむ。延長前半、ワンバクに頭で決められる。延長後半も残り時間は少なくなる。もはやこれまでか。
たしか、残り時間3分のころ、セットプレーから、澤が絶妙なゴールを決める。ギリギリで、2−2となる。勝つんだ、あきらめない、澤の意思は強かった。

PK戦に入り、再びコイントス。トスに勝ったアメリカ、先攻を取る。

PKは、運だ。サッカーの専門家、異口同音にそう言う。たしかに、8割近くは決まるのだから、そうではあろう。
だが、今日のPK戦、先攻を選んだアメリカの一番手のPKが、すべてであった。なでしこのキーパー・海堀、右足の脛でボールをはじき、PKを止めた。8割近く決まるPKを、アメリカは3人続けて外した。
これが、すべてであった。勝つんだ、という意思の持続が、実力に勝るアメリカをねじ伏せた。

日本は、勝った。なでしこジャパン、世界ランク1位の最強国・アメリカを破り、頂点に立った。
アメリカは、女子サッカーの盛んな国。今日のゲーム、オバマもTV観戦していた、という。
ニューヨークタイムズのウェブサイトを見てみた。「くじけないチームが、国に癒しをもたらした」、と出ている。

なでしこジャパンを、W杯チャンピオンに導いた監督・佐々木則夫については、こう書いている。
「思慮深い、静かな笑みをたたえた能面のような顔の日本の監督は、福島の年に伝説を作った」、と。

今大会、5得点を挙げた澤は、得点王となった。もちろん、今大会のMVPも、澤穂希。
澤の隣りは、4得点を挙げ優秀選手となった、アメリカのエース・ワンバク。その隣りは、大会の最優秀ゴールキーパーに選ばれたアメリカのソロ。
こうして見ると、身体の大きさ、まるで違う。澤とワンバク、その身長差、17センチもあるのだ。よくぞ、勝ったものだ。

勝った、願いは叶った、という表情の澤。ゲーム前とは、ずいぶん違う。達成感に溢れている。

岩手県出身の岩清水は、こういう日ノ丸を掲げている。

ゲームに勝つ度に、なでしこジャパンが掲げてきた横断幕。
「世界中の皆さまへ、皆さまのご支援、お力添え、感謝いたします」、との。
2011年、日本にとって、記録にも、記憶にも残る年になった。未曾有の大震災とW杯の頂点。
NYTimesもそれに触れる。「地震と、津波と、原発事故の、記録的な三重苦に屈しない日本のチームが、2011年のW杯のチャンピオンになった」、と。
福島の行く末、アメリカばかりじゃなく各国が注視している。時間はかかるが、日本、女子サッカーばかりじゃなく、福島第一原発もねじ伏せ、押さえこまなければならない。

なでしこジャパン、がんばろう日本だ。
なでしこたち、強い意思の持続で、頂点に立った。4日前の準決勝の日に記した、中村汀女の句にある、”人をたのまぬ”の強い心で。
次は、国民の番となる。