北泰紀行(23) ファミリー。

「オレのブログに、この旅行のことも書こうと思うが、Tたちのこと、何て書けばいいかな?」、帰る前の夜、Tに訊いた。「ファミリーだな」、Tは答えた。
Sと私がチェンマイの空港に着いた時から、博物館へ行くにも、お寺巡りにも、ゾウさんやトラを見に行く時も、北の国境の町やゴールデン・トライアングルへも、すべて車で動いていた。トクトクに乗り、旧市街へ行った時以外。
もちろん、レストランへはいつもワインを持って行くTが運転していたワケではない。Toさんが運転していた。素晴らしい運転技術を持つ人であったが、それ以上に、とても聡明で思慮深い女性である。泊まりがけで、北の国境の町・メーサイやゴールデン・トライアングルへ行った時には、普段はバンコクに住む、Toさんの妹のTuさんやお母さんのMeさんも一緒に行った。
冒頭の、私がTに尋ねた”Tたちのこと”、というのは、このことである。たしかに、Tが言うようにファミリーだ。とても仲がいい。どこにでもある家族、ファミリーだ。
Toさんの家も、セキュリティーガードの男が30分毎に巡回する、塀で囲われたTの家と同じ一画にある。朝寝坊の私は、まだ夢の中という時間、早起きのSは、朝の散歩がてら、Tと共にToさんの家にも行ってきた、と言っていた。やはり大きな家で、大きな仏壇があったそうだ。Toさん、敬虔な仏教徒である。
Tの家には、仏壇などない。第一、生活臭のするものは、何もない。あるのは、クールな家具と幾つかの竹細工、乾いた木の実、それに、Tが和服地などを加工し、額装したものが10数点。以前にも記したが、食事はずべて外食なので、台所にあるものも、多くのカンビールとワイン、それに、ミネラルウォーターの束、それのみだ。
T、デザイナーである。学校を出た後、暫くフリーで仕事をしたが、その後、会社を起こした。それから30数年、従業員10数人のデザイン・制作会社をやってきた。経営者兼クリエイターとして。
T、兎も角よく働いた。月曜から土曜まで。朝から夜まで。普通の人ではとても及ばない稼ぎがあったとしても、不思議ではない。私が現役だった頃、夜中に何度か、Tを昭和通り近くの事務所に送って行ったことがある。T、机の上にマットを敷き、そこで朝社員が出てくるまで寝るのだ、と言っていた。いつもそう、とも。
常人の何倍も働いたのだから、常人の何倍も稼いで当然である。ウン千万のクルーザーも持っているらしい。
何年か前、T、社長の座は譲った。だが、今もクリエイターとして働いている。年に3〜4度、その度ごとに1カ月か1カ月半程度、チェンマイに滞在する時を除き。
実は、Toさん、以前Tの会社で働いていた人なんだ。その後、生れ故郷のチェンマイへ帰った。で、社長の座は譲り、一制作マンとなったTがチェンマイへ行く、という構図になったようだ。彼らふたり、日本語と英語、それに、タイ語がないまぜになった言葉で話す。意思の疎通、完璧だ。ファミリー語だな、と私は思った。
Tの部屋に、こういうものがあった。

何頭ものクマさんたちがいる。刺繍の額だ。
”ホーム スイート ホーム”と書いてある。チェンマイでのT、まさにホーム・スイート・ホーム。温かいファミリーだ。
実は、あとふたりファミリーがいる。Toさんの一番下の妹夫婦だ。バンコクに住むJoさん夫婦だ。ある時、JoさんからTに電話がかかってきた。TとJoさん、ファミリー語で話していた。滑らかな言葉であった。
チェンマイを離れる前、T、Joさんが描いた絵を見せてくれた。

Toさんがいる。真ん中の妹のTuさんもいる。お母さんのMeさんもいる。上の方には一番下の妹のJoさん夫婦がいる。
Tのファミリー、5人すべてが描かれている。もし、Joさん夫婦に三つ子が生まれたら、ひとりずつ貰うことになっている、とTは言っていた。そうなればいいな、と思う。このファミリーに。
”早く戻ってきて”、と書いてある。上のタイ語は解からないが、”Pi.Pi.”というのは、Tのこと。年上の人という意味だそうだ。
今しがた、点けっ放しにしていたテレビニュースに、カズオ・イシグロが出ていた。10年ぶりに日本へ帰ってきたそうだ。カズオ・イシグロがこう言っているのが聞こえた。「人生は、考えているより短い・・・・・」、と。
たしかに、そうだ。だから、どうするか、だな。
Tは、チェンマイのファミリーに、心の平安を見出している。
昨年末のブログで触れたウディ・アレンの「Whatever works」、「人生万歳」だ。
チェンマイを発つ時、Toさんが、Sと私にお土産をふたつずつくれた。
ひとつは、小さな塩浸けの魚。あとひとつは、ハヌマーンの像が入った額だった。ハヌマーンは、インドではよく見るもの。タイにも入っているのだろう。ハヌマーン、猿面の知恵の神さまだ。
空港まで、T、Toさん、Tuさん、お母さんのMeさん、その時チェンマイにいた、Tのファミリー全員で送ってくれた。
来年(つまり、今年だが)は、1週間といわず2週間ぐらい来て、ゆっくりとしていってくれ、と言ってくれた。そうしよう、と思っている。
心地よいTの家にいて、あちこち連れて行ってもらうのもいいが、1週間ぐらいはチェンマイ旧市街の、エアコンとホットシャワー付き350バーツ(1000円ちょっと)程度のゲストハウスに泊まるのもいいかな、と考えている。
100以上のお寺があるというチェンマイ、まだ、そのほんの僅かなお寺しか見ていないのだから。