北泰紀行(22) 赤シャツと黄シャツ。

人間というもの、どこの人であろうと、みな善人だ。いい人たちだ。日本人であろうと、アメリカ人であろうと、ロシア人であろうと、おそらく、北朝鮮の人であろうと、みな同じ。
中には、泥棒をしたり人殺しをする人もいるし、国情によりその比率に違いはあるが、基本的には、みないい人に違いない。どこの人であろうと。親鸞があのようなことを言ったのも、その前提があるからであろう。
タイの人たちも同じ。親切できさく、気持ちのいい人たちだ。私が会ったタイの人、みな優しい心根の人たちばかりだった。
しかし、その優しく嫋やかなタイの人たち、こと政治が絡むと過激になる。国をふたつに割って。赤シャツと黄シャツだ。赤シャツを着こんだタクシン派、黄シャツを纏った反タクシン派に。
2006年9月の軍事クーデターにより、政権の座を追われ亡命中の元首相・タクシン、今なお根強い人気を持っている。特に、地方の農村部、貧困層の人たちに。赤シャツ派だ。対して、反タクシンの黄シャツ派は、都市部のインテリ、富裕、中間層の人たちだ。タクシンのやったこと、単なるバラ撒き、さらに、職権を乱用し酷い不正蓄財を行った、として。
Tの話によると、赤シャツと黄シャツの力、拮抗しているそうだ。で、ことある毎に、赤シャツと黄シャツ、それぞれ大規模なデモ、抗争を繰り返している。そのたびごとに軍を巻きこんで。タクシン支持派は、UDD(反独裁民主統一戦線)で赤シャツ。反タクシン派は、PAD(民主市民同盟)で黄シャツ。
現在の政権は、反タクシン派が握る。首相は、民主党のアピシット、2008年12月に政権の座についた。黄シャツ派だ。
だが、昨年春には、バンコク中心部で、大規模な赤シャツ派の抗議行動があった。軍隊と赤シャツ派の銃撃戦が行われ、日本人カメラマンも巻き添えで死んだ。その前には、黄シャツ派の抗議行動で空港が占拠され、アセアンの首脳会議が流れたこともある。赤シャツと黄シャツ、ことあるごとに、頭に血が登るらしい。優しく嫋やかなタイの人たちが。
ある夜、やはりワインを持って、夕飯を食いに行った。ピン川に沿った暗い道を進んで行くと、灯りが灯もる一角がある。車が多く止まっている。隠れ家、といった趣きをもつレストランだった。

元人気歌手で、今は反タクシン派の闘士がオーナーだという。中に入ると、とても大きい。
暫くすると、歌が始まった。店内の一角、高いところに舞台があり、相当な年だなと思われる女性が歌っている。Tによれば、彼女がこの店のオーナーなのだそうだ。

T、もう70は超えているはずだが、毎晩こうして歌っているようだ、という。

店内のあちこち、彼女の若い頃の写真が多く貼られていたが、舞台の下の下にも写真があった。
若い頃の写真もあるが、こんな写真もある。反タクシンの黄シャツ派の集会で歌っている写真。中央上のものだ。

元人気歌手が歌っている後ろの大きな似顔絵、タクシンだ。タクシンが、タイの国旗を食っている。タクシンが、国を食いつぶした、と言っている。
中国系の客家に繋がるタクシン、一代で巨万の財を築いた。政治家に転身した後は、農村部の貧困層に手厚い策をとった。だから、今でも根強い人気がある。赤シャツ派の原泉だ。黄シャツ派から言わせれば、それは、単なるバラ撒き策だ。何よりもタクシン、その職権を乱用し、不正蓄財をおこなった、と。
昨年、タイの最高裁は、タクシンの資産760億バーツ(約2500億円)の内、約6割の460億バーツ余(約1500億円)を不正蓄財と判定、没収する、との判断を下した。タクシン待望論を掲げる赤シャツ派の人たちもいるが、、タクシン、トンデモナイヤツだ、との黄シャツ派の人たちも多い。このレストランのオーナーを含め。
Tに、このレストランには、赤シャツ派の人たちも来るのかな、と聞いたら、おそらくひとりもいないんじゃないか、と言っていた。そりゃそうだろう。タクシンがタイ国旗を食っている、タイを食いものにしている絵の写真が貼られている店には。

別の壁面には、こんな写真もあった。若い女性の横顔が。
この店のオーナーの娘さんだそうだ。彼女も歌手だという。母親の後を継ぎ、おそらく、黄シャツ派の人たちのアイドルとなっているのだろう。

帰りに振り返ると、入口の灯りの上に、チェンマイの月が出ていた。
大きく見える。日本で見る月よりも。
赤道に近くなれば、月は大きく見えるのかな。どうも、そう感じる。科学的な根拠は知らないが。

Tの部屋の隅っこにこんなものがあった。黄色い布だ。

近寄ると、RACHADU・・・・・大学と記されているスカーフだ。頭巾にもバンダナにもなる。
実はT、黄シャツ派で、黄シャツ派のデモにも参加している、という。反タクシン派なんだ。前列の武闘派の後ろにいるらしいが、何日か床に寝てのデモにも加わっていた、という。まあ、年も取っているのだから、武闘派の連中の後ろにいるのがいいだろう。
T、学生時代は、いささかデモや武闘に身を置いたようだが、そうはいっても日本人。血は騒いでも、まあ、穏健に、ほどほどに。
いかにタイに同化し、愛してはいても。