ポートレイト・イン・ジャズ(続きの続きの続き)。

つい眠くもなったので昨日の僕は、その理由もはっきりしないまま”というわけで今日は終わる”と書いた。
眠くなったのが最大の理由ではあるのだが、彼のタイトル先行方式のとっかかりである『中国行きのスロウ・ボート』がソニー・ロリンズの「中国行きのスロウ・ボート」から思いついたもの、ということが頭の隅にあったからであろう。ソニー・ロリンズに触れなければならないという気がどこかに。
そんなわけで村上春樹と和田誠の合作『ポートレイト・イン・ジャズ』の中で、村上春樹がソニー・ロリンズについてどんなことを書いているのかを引いておこうと思う。まずこう始まる。
<簡単に話をまとめてしまおう。ある時期・・・・・ジャズは街でいちばんかっこいい音楽だった。中でもとびっきりかっこいいのはテナー・サックス奏者だった。どうしてテナー・サックス奏者がかっこいいかというと、そこにソニー・ロリンズとジョン・コルトレーンが存在したからである>、というように。
なんだかジャズの仕事人ともいえる村上春樹に、のっけからこんな当たりまえのことを言われたら困るなと僕は思うのだが、そうかやっぱりと誰しもが思うことだろう。もちろん僕もそう思う。
中にはもちろんジャズのビートは何といってもドラムだという人もいるだろうし、いやペットだという人もいることはよく理解できる。ピアノという人もいるだろうし、渋く俺はベースがすごいという人もいるだろう。トロンボーンやクラリネットがいちばんかっこいいという人はあまりいないだろうが。
サックスがかっこいいのだ。アルトやバリトンもかっこいいが、中でもいちばんかっこいいのはテナー・サックスだと僕も思う。そういえばそのうち取りあげようかなと思っている中に、筒井康隆の短篇集があるのだが、その中にもかっこいいテナー・サックス奏者にいかれた女房に困りはてている男の話がある。
つまりたしかにテナー・サックス奏者はかっこいいのであるが、そのテナー奏者の中で誰がいちばんかっこいいのか、僕は思うのだけれどやはりソニー・ロリンズだと。これでもかと迫ってくるようなビシバシとしたロリンズのテナー、グルーミーなテナー、村上春樹は<すさまじいまでの解像力だ>と書いている。
ところで村上春樹は『ポートレイト・イン・ジャズ』の中でソニー・ロリンズの演奏について「サキソフォン・コロッサス」は極めつけの名盤だけど、彼のアルバムの中で好んで聴くのは、「The Bridge(橋)」だと書いている。<この「橋」を聴くたびに、僕は不思議に励まされる>と。僕自身は「朝日のようにさわやかに」とか村上春樹がそこからタイトルを取ったという「中国行きのスロウ・ボート」がいいのだが。
そうだ、忘れるといけないので和田誠の描いたソニー・ロリンズの似顔絵についても。口ひげはもちろんあるがスキンヘッドのころのソニー・ロリンズの姿とてもかっこいい。女性ならずともそう思うに違いないという横顔だ。
それにしても僕は思うのだけれど、巨人とか天才とかといわれている人は、何も髭をはやしたりスキンヘッドにしなくてもいいのだが、口ひげでスキンヘッドのソニー・ロリンズはやはり巨人であり天才に思える。
そうだ、これをお薦めしよう。ソニー・ロリンズの公式ウェブサイトを見ることを。白髪白髭丈の長い真っ赤なシャツを着たソニー・ロリンズが出ている。とてもかっこいい。
そうだ、あとひとつ”中国行きのスロウ・ボート”がらみのお薦めを書いておこう。
僕が村上春樹の『中国行きのスロウ・ボート』を初めて読んだのは7〜8年前か6〜7年前ということは、昨日か一昨日に書いたが、その前その10年以上前に同じようなタイトルの本を読んでいる。とても面白い本なんだ、それが。
ギャヴィン・ヤング著、椋田直子訳の『スローボートで中国へ』(冬樹社、1989〜1990年刊)という本なんだが、新書版なんだがハードカバー、3巻に分かれている。「中近東編」、「インド編」、「中国編」と。その原題は『Slow Boat to China 』、サミー・デイビスJr.や多くの歌手やソニー・ロリンズも吹いていた曲と同じタイトルなんだ。
僕がこの本を読んだのは1991年の初めのころなんだ。どうしてそんなことが解かるのかというとその本の3巻目に週刊朝日の切り抜きが挟まっていたからだ。丸谷才一の書評が切り抜かれて挟まっている。91年1月25日号の週刊朝日の切り抜きが。おそらくそれを読んだあとこの書を買って読んだのであろうと思う。
だから7〜8年だか6〜7年だか前に村上春樹の『中国行きのスロウ・ボート』を読む時には、村上春樹もギャヴィン・ヤングの本を読んでそこからタイトルを取ったのだなと思った。もちろんそれは違った。村上春樹の『中国行きのスロウ・ボート』は3人の中国人に出会う話であり、ギャヴィン・ヤングの『スローボートで中国へ』は冒険譚であるのだから。

僕は時折り思うのであるが、イギリス人は面白い人たちじゃないかと。ここ数日女王の孫が来年結婚するということで盛りあがっているようだが、とても進取の気性に富んでいる人たちでもある。冒険家も多い。南極でアムンゼンに先を越され死んじゃったスコットとか、エベレストにいちばんさきに登った(ネパール人も一緒であったが)ヒラリーとか冒険家が多いんだ。
この『スローボートで中国へ』の作者であるギャヴィン・ヤングもそういう人だ。
どうしてこんな面白い本があるのかというほどの物語なのだ、これは。イギリスからまずアテネに飛ぶ。そこから中国まで船で辿るんだ。
しかしもちろん客船に乗ってヨーロッパからアジアの端の中国まで旅をするのではない。さまざまなところからさまざまな船に乗って中国まで行くのだ。貨物船は当然のことダウ船にも乗って。スールー海ではモロ民族解放戦線にも襲撃される。中国の広東まで7カ月におよぶ旅の冒険譚だ。面白い。
というわけで僕は、ソニー・ロリンズの「中国行きのスロウ・ボート」もいいが、ギャヴィン・ヤングの『スローボートで中国へ』も面白いですよということで、村上春樹がらみの話を終わろうと思う。