男女の機微。

世界で最も短い詩形と言われるが、たった17文字でひとつの世界を創ってしまうのだから、たしかに俳句は、そうなのだろう。
約束事はあるが、どこに出すわけでもない者にとっては、そんなことお構いなし。我々凡夫にも作ることができるし、小学生坊主にだってできる。我々にも、小学坊主にもできるのだから、物書きを生業としている人には、自ら作るばかりでなく、俳句に関する随筆を書いている人は多い。直木賞作家の高橋治もそう。
『ひと恋ひ歳時記』(平成8年、角川書店刊)は、高橋のそういう随筆集である。
先人の俳句がいっぱい取りあげられているが、必ずしもその句の解釈、評釈をしているのではない。エッセーの間に先人の句を挟んである、という趣向。”ひと恋ひ”という表題のとおり、男と女のお話である。
小見出しがズラーと立っている。初恋、逢びき、愛人、青春、失恋、恋文、・・・・・、ここらあたりまではまだいいが、最後の方は、生と死、心中、とくる。そこに挟まれた先人の句、いずれも一筋縄ではいかない句。そのほとんどが。
そりゃそうだ。高橋治、年は少し違うが、大岡信やサイデンステッカーと東大で同級だったそうだから、もう80を越えている。このエッセーを書いた時でも、60代後半だ。男女の機微、人生の深奥を充分に見つめてきたのだから。素直な句が取りあげられているわけがない。
だから、若い年代の人には向かないだろう。しかし、ある程度の年代、少なくとも50代を越える年代の人には、面白い。
幾つかの句を取りあげよう、と思ったが、困った。高橋治が挟んでいる句、その背景に込み入った事情を窺わせるものが多いんだ。中で、諧調というか、素直なというか、そういう句を何とか探し、数句引いておこう。
     夫といふ不思議な人と花の下     小田八重
<先ず第一に、率直で正直なところが素晴らしく思える。・・・・・この率直な表現に私は瞠目しないではいられなかった>、と高橋は書いている。
     炎天の空へ吾妻の女体恋ふ     中村草田男
<いささかあっけらかんとしすぎていて、これはもう注文のつけようがない。・・・・・草田男の句にはひたぶるな純粋さがある。抜けるような炎天。それが草田男の詠んだ世界を浄化してくれているからだろう>、と高橋は記す。
     烈日の美しかりし桔梗かな     中村汀女
<この句の美しき桔梗というのは、恋なのか、あるいは「我がことなれり」とする自己評価なのか。・・・・・桔梗は・・・・・、烈日は・・・・・、一つの句の中に様々なかたちの陶酔が想定出来ることに、興味深い思いをかき立てられる>、と。
     寐よといふ寐ざめの夫や小夜砧     太祇
<砧は妻が叩いているとも取れるし、夜なべの炉端にどこからともなく聞こえて来るとも受け取れる。どちらにせよ、揺らがない信頼関係があって、その存在が人の心に明かりを灯してくれるような、そんな余韻を太祇の句は湛えている>、と高橋は。
200句以上あげられている中、素直なもの数句を取りだすの、苦労した。
逆に言えば、それだけ蘊奥なる句が多い、ということだが。