確認と周知。

65年前の今日、8月10日、昭和天皇は重臣たちを呼び、ポツダム宣言受諾に関する彼らの意見を聞いている。
『昭和天皇独白録』中の「八月十日の重臣会議」について、昭和天皇こう語られている。
<十日には重臣を呼んで意見を聞いた。近衛、平沼、岡田、広田の四人は無条件降伏も亦己むを得ないといふ意見。東条、小磯の二人は已に聖断が下った以上己むを得ないが、この決定は良くないといふ事を暗々裡に表はしてゐる戦争継続論であった>、と。
なお、近衛は近衛文麿、平沼は平沼騏一郎、以下、岡田啓介、広田弘毅、東條英機、小磯國昭の6名。いずれも首相経験者である。
ここでも、前日の御前会議の時と同じく、東條英機と小磯國昭の2人の陸軍大将は、聖断が下った以上は仕方がないが、としながらも、国体護持のみでの降伏には、反対意見を述べている。前日の構図と同じ。
その2日後、8月12日には、皇族の参集を求め、皇族会議が開かれている。
病気療養中の秩父宮は居られなかったようだが、高松宮、朝香宮、賀陽宮、東久邇宮、久邇宮、梨本宮などが参加している。『昭和天皇独白録』には、それぞれの宮さまの意見と共に、昭和天皇による、それぞれの宮さま方の人物評とも言えるものが語られていて面白い。
それはともかく、昭和天皇、自らが聖断を下された後も、重臣たちや皇族方に意見を求められ、その上で、自らの判断の周知に努められていたものと思われる。