年代(1) 60代・・・引き時。

少し前に買った本だが、面白い本がある。
著者には失礼だが、そう大した本ではない。軽い本である。しかし、”この人、いいなあー、幸せだなあー”、と思い、柔らかな心にしてくれる。
この本、それよりも、この著者・能勢さんの何がいいのかと言えば、その引き時がいい。昭和21年生まれで、サラリーマンをしてきたこの人、57歳の時、会社の早期退職制度を利用、リタイアした。子供も独立した。後の人生、妻と二人すべての時間は自分のもの。贅沢などしなきゃ生きていける。何をして過ごそうか、と考える。
海外ロングステイも考え、実際にタイのプーケットにも下見に行ってもいるが、結局、国内ロングステイを選ぶ。その後、5年間で5か所、それぞれ1か月のロングステイをしている。その報告記がこの本である。
能勢健生著『ちょっと田舎で暮してみたら 実践的国内ロングステイのすすめ』(2010年、新潮新書)である。そのゆったりとした生きよう、一気に読んでしまうには勿体ない。丁度5章に分かれているので、たまに、そうだあれを、という時に、1章ずつ読んだ。最後の5章目は残しておいたのだが、暫くぶりで今日読んだ。
第1章 沖縄県伊是名島での一ヶ月ステイ。 第2章 岡山県真庭郡新庄村での一ヶ月ステイ。 第3章 東京都小笠原父島での一ヶ月ステイ、 第4章 山形県大蔵村肘折温泉での一ヶ月ステイ。 第5章 長崎県小値賀島での一ヶ月ステイ。
この本の帯にこう刷られている。<格安、気楽、ときどき感動・・・・・>、と。さらに、後ろには、<おばあに古民家を借り、モズク漁に参加し、お向かいの子供たちと戯れ、駐在さんとコーヒーを飲み、絶景のゴルフ場を満喫し・・・・・>、と。その実態も、概ねその通りである。
まあ、モズク漁に参加といっても、実際に採るわけでなく同行したということだし、絶景のゴルフ場といっても、5ホール、パー18のコースだが。そんなことより、能勢さん、実に生き生きと、のんびりと、また、気持ちよく、時間を過ごしている。帯に書いてある通りである。
能勢さん、几帳面な人でもあるらしく、一ヶ月ステイのそれぞれにかかった費用も書いている。
第1章の沖縄県伊是名島での総経費は、24万8170円。第2章のところは、26万3100円。第3章では、23万3320円。第4章では、33万2500円。第5章では、28万2430円。
これすべて、家を出てから駅や飛行場へ行くまでの交通費や、住居費、食費、その他諸々の経費をすべて含んだもの。もちろん、奥さんと二人分の総経費。旅に出なく家にいても、夫婦二人の暮らし、この程度は充分かかろう。田舎暮らしならではだろう。
昭和21年生れというから、能勢さん、今年は64歳であろう。その後も、何か所か、一ヶ月ステイの旅を続けておられることだろう。「格安、気楽、ときどき感動・・・・・」の旅を。
それが続けられる大きな要因は、能勢さんの引き時が良かったから、ということができる。60前、元気な内に仕事から引いた、ということが。実は、これが大きい。
もちろん、60前で仕事を止めて、その後どうやって食っていくんだ、という人もいれば、60どころか、70過ぎ、中には80近くなっても現役にこだわる人もいる。政治家などは、本心、皆そう。
誰もが、能勢さんのようなことができるわけではないが、でき得れば、能勢さんのように、気力、体力のまだある60歳前後に仕事からは身を引く、というのがいい、と、今、私は思う。
私は、65歳で引退した。それまで、あちこちに行くのが好きだったので、引退後は、1週間とか10日とかというのではなく、月単位であちこちをほっつき歩きたい、と考えていた。ゴールデンウィークとか、お盆休みとか、正月休みとか、といった費用の高い時期じゃなくても行くことができるし、と。
引退後、短い旅には何度か行った。それはそれでよかった。だが、3年近く前、ひと月ちょっとヨーロッパを旅した。イギリス、ドイツ、オランダ、ベルギー、フランスを電車で廻った。ユーレイルパスを買って。
3年近く前、2007年の暮は、為替相場が円安に振れていた時期、ユーロは160〜170円、今の相場からいえば30%も円安。イギリスポンドにいたっては、240円台、今週の相場からは40%も円安であった時期。円安に振れている為替レートのことは、もちろん承知していたが、実際に行ってみると、思いの外に経費がかかった。”ウワー金がかかるな”、と思った。
それはそれで仕方がないのだが、この旅、もの凄く疲れた。
最初6泊したロンドンで、昼間は美術館などに行っていたが、夜は、王立歌劇場に行ったり、ウエストエンドでミュージカルをふたつ観たり、その他の夜は、サッカーパブへ行って、近所のおじさんやお兄ちゃんと大きなモニターでサッカーを見たり、としていた。
それもあるが、6泊したロンドンで3回も宿を変えたこともある。基本的に、1,2泊しかしない町では、予め宿を取っていたが、それ以上の町では、最初の日の宿だけを予約し、後はその町に行ってから宿を取る、ということをしていたので。その方が安くなるんでは、と考えていたのだが、必ずしもそうではなかった。
次のベルリンでも、4日しか泊まらなかったが、昼は、美術館や街中をほっつき歩き、夜は、2日間国立オペラ劇場(実は私、20数年前から、夜の行動、急に高尚になり、ヨーロッパの名だたるオペラハウス、そのほとんどに行っている)に行った。チケットが手に入ったので。こんなことをしていたんで、その後は、疲れてしまった。終わりの方のパリでは、1日の半分は、どこかのイスに座っていた。とても疲れた。
家に帰った後も、暫くの間はグターとしていた。
その1年後、2年近く前の暮、久しぶりで半月ほどインドに行った。
ヨーロッパでも、あれだけきつかったのだから、インドの場合はその比ではないな、と思い、ガイドを雇った。荷物持ちを兼ねたガイドを。運転手つきの車も。私のすること、何もない。すべてガイドの男がしてくれる。日本語も話すし。随分前、インドへ行き始めた頃、リクシャーの運転手や、あちこちの人とケンカをしながら歩いていた頃とは大違い。まさに、おんぶに抱っこ、文字通りの大名旅行だった。
それでも、実は、凄く疲れた。家に帰った後、暫くの間、グターとしていた。
遅いんだ。そういうことができる、と思っていたことが、ひどく疲れる。その時になって、初めて気がつくんだ。遅かったな、と。
だから、この1年、海外どこにも行っていない。引退したらあちこち行こう、と思っていたが、そういう気にならない。65歳での引退、遅かった。今にして初めて解かる。致し方のないことではあるが。
その意味でも、能勢さんの60前での引退、その引き時、よかったな、と思う。それが可能な人に、限られた人に限ったこと、ではあるが。