主従二人(しのぶの里、佐藤庄司が旧跡)。

福島に泊まった翌日、今日6月18日(旧暦5月2日)、主従二人は、文字摺石を見るためにしのぶの里(忍ぶの里、信夫の里)へ行く。
文字摺りとは、染色の一種で、石にしのぶの葉を摺りつけ、そこに絹布を押し当て、その模様を摺りだす、というものらしい。王朝期の公家が狩衣として愛用したものだそうだ。山本健吉も嵐山光三郎もそのようなことを書いているし、その先生である蓑笠菴梨一も、そう言っている。山本は、『伊勢物語』の業平も、この文字摺りの狩衣を着ている、とも書いている。
また、
     みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに
という、源融の歌でもよく知られたところだという。
著名な歌枕なんだ。芭蕉が尋ねないわけがない。しかし、そればかりでなく、さまざまな人がここに来て、文字摺りをしようとする。村人にとっては、迷惑なこと。だから、その石を谷に突き落としたんだ、と土地の子供が芭蕉に言っている。
そこで芭蕉、そういうこともあろうな、と書いた後、
     早苗とる手もとや昔しのぶ摺
の句を詠む。
田植えをする早乙女たちのすばやい手つきを見ていると、しのぶ摺りをした手つきがしのばれてゆかしいな、と萩原恭男は訳している。
その後、芭蕉と曽良の主従二人は、阿武隈川を渡しで越え、佐藤庄司の旧跡に行く。
佐藤庄司は、藤原秀衡の家臣で、その子、継信、忠信の兄弟は、いずれも平家との戦いの中、義経の身代わりになって死んだ、という。判官贔屓、いつの世にも変わらない。涙を落とす、と芭蕉は書いている。
しかし、その旧跡を訪ねた芭蕉が涙を流したのは、それだけのことではない。佐藤一族の石碑の中にあった、継信と忠信の二人の兄弟のそれぞれの嫁の石碑に、なんと哀れな、という思い、弥増し、涙を新たにする。
二人の嫁は、自ら甲冑を身につけ、死んだ夫の母親、つまり、自分たちにとっては姑を慰めた、というのである。涙がとどめなく湧き出てくるのは、中国の話ばかりでなく、日本にもあるのだ、と芭蕉は書いている。人間だれしもそういうところはあるが、とりわけ芭蕉は、感情過多なところがある男である。
その寺に入りお茶を乞うと、そこに義経の太刀と弁慶の笈があった、と書いた後、この句を記している。
     笈も太刀も五月にかざれ帋幟
萩原恭男は、五月の節句も近い。男の子の節句にふさわしいこの義経の太刀や弁慶の笈を、武者人形や紙幟といっしょに飾れ、との即興吟、と解説しているが、山本健吉は、この句は後で作り、ここへ挿入したものだろう、と書いている。
そのカギは、この句に続いて、芭蕉がこう書いているからだ、きっと。
芭蕉、<五月朔日の事也>、と書いているんだ。実は、佐藤庄司の旧跡に芭蕉が行ったのは、今日、旧暦では5月2日、几帳面な曽良が、そう書いている。それを芭蕉は5月1日のことだ、とわざわざ書いている。男の子の節句、菖蒲の節句の5月、それもキリのいい5月1日にしたかったんだ。これも、芭蕉流だ。この日は、飯塚(飯坂温泉)に泊っている。
今日の日本、昼すぎ夕刻近くから、いかにも梅雨という雨が降ってきた。
曽良の『旅日記』によれば、321年前のこの日も、朝の内は晴れていたが、昼ごろから曇り、夕方からは雨が降りだし、夜になって強くなった、とある。同じような天気だった、と思える。
ワールドカップ、グループD、セルビアが1対0で、ドイツを破った。
このゲーム、前半37分、ドイツのストライカー、クルーゼが退場処分となり、数的優位に立ったということもあるが、セルビアのゴールキーパー、相手のPKも止めた。番狂わせ、と言えるだろう。
それにしても、このゲームの主審、ペナルティーを取りすぎだ、と思った。両軍合わせて10枚ものイエローカードを出していた。素人目には、何もそこまで取らなくても、と映った。
グループC、スロベニア対アメリカの戦いも面白かった。
前半、スロベニアが、2対0と先制した。第1戦も勝っているスロベニア、このゲームも勝てば一次リーグは突破できる。しかし、後半、アメリカが猛攻をかけ、2点を入れた。特に、アメリカのエース・ドノバンの角度のないところからのシュート、凄かった。
結局、2対2のドロー。引き分けた。
それにしてもスロベニア、凄い。人口わずか200万の国だ。旧ユーゴが分裂した時できた国。そう言えば、今日の第1戦のセルビアもそう、旧ユーゴだ。こちらは、人口600万弱だが、ドイツを下した。
小さな国々に分裂した旧ユーゴ、民族対立、宗教対立、政治の世界では、さまざまな問題を孕んでいるが、サッカーの世界では、凄い。
何日か前のセルビア対ガーナ戦は、両軍の監督は共に旧ユーゴの人だった。また、脳梗塞のため、岡田武史に日本代表の監督を引き継いだイビチャ・オシムも、旧ユーゴの人間だ。
人口比でいえば、アメリカの1/100(調べてはいないが、GDPでもそうであろう)にもみたないスロベニアが、アメリカと互角の勝負をする。ワールドカップの楽しみ、そういうところにもある。