監督稼業。

普段から笑顔を見せることなどあまりない男だが、今日の岡田武史の顔は、常にも増して硬く、緊張していた。
岡田、W杯の代表選手23名の名を、読みあげた。
対外試合は別にして、普段のJリーグの試合など、ほとんど見ないので、今が旬の選手の名前は、よく知らない。読みあげられた選手の中、名を聞いて顔を思いだすのは、半分もいなかった。
楢崎、川口、中沢、闘莉王、俊輔、中村憲剛、遠藤、稲本、大久保、坊主頭の森本、そして、プラチナブロンドの髪のかっこいいヤツ・本田圭佑。23人中、11人か。何となしに好きな小野伸二は、落ちた。
「力がある選手を上から選んだワケではない。いろいろなシチュエーションを想定して決めた」、質問に移った後、岡田は、そう言った。川口能活が、代表入りしたことについての質問が多かった。私は、川口が去年大怪我をしたことも、長く試合に出ていないことも知らなかった。
ただ、私も、、彼の名が読みあげられた時には、少し驚いた。川口はこのところテストマッチでも見ないし、ピークが過ぎたんだな、と単純に思っていたので。岡田は、チームのまとめ役、選手の相談役として川口が必要、というようなことを言っていた。
岡田は、自ら選んだ選手の名を、共に考えたコーチ以外、誰にも言っていない。発表会見に同席したサッカー協会の競技委員長とかという人にも、事前に伝えていないようだった。この人、後のインタビューで、私もさっきの発表で初めて知った、と言っていたので。もちろん、選手にも事前通知はない。しかし、唯一、川口にだけは、事前に連絡をしていたらしい。
「キミを、サード・キーパーとして選びたい。サードだから、第1、第2のキーパーが怪我でもして出られない時にしか、ピッチには立てない。むしろ、選手のまとめ役をキミに頼みたい。私は、キミが必要だ。それでもいいか」、という電話を、おそらく。
もう何年も前、川口がまだ元気な頃だったが、ヨーロッパのクラブチームに引き抜かれたのはいいが、ほとんど試合には使ってくれない時があった。それでも川口は、ただ黙々と練習をしていたことを思いだした。川口能活という男、よほど人間ができた男なのだろう。
案の定、記者からは、「最近、岡田監督の口から、目標はベスト4、という言葉が聞かれなくなったようですが」、という質問が飛んだ。最初、岡田が、ベスト4が目標、と言った時には、驚いた、というより、みな笑ったもの。一時リーグの突破さえおぼつかない、とほとんどの人は思っているんだから。
今日、岡田は、こう答えた。「目標は、まったく変わっていない。ただ、一時リーグを勝ち抜くこと、特に、最初のカメルーン戦が大事だと思っている」、と。目標は変えていない、と言いながら、ベスト4、という言葉は、注意深く、一度も口にしなかった。
そりゃそうだ。今月のFIFA世界ランキングを見てみたら、一時リーグで当たる相手、みな格上の国ばかりだもの。
初戦のカメルーンは、世界ランク19位。第2戦のオランダは、世界ランク4位。とてもじゃないが勝てないだろう。第3戦のデンマークにしたって世界ランク35位だが、ヨーロッパ予選で、世界ランク3位のポルトガルを破っている。強い。
日本のランクは、世界で45位だ。前回のW杯ドイツ大会は、3戦全敗。今回は、せめて1勝、それが、国民の最大公約数の思いじゃないかな。一時リーグ突破、という儚い夢は抱きつつも、正直な気持ちとしては。
「W杯後に、契約延長のオファーがあれば、受けますか」、という質問があった。代表チームの力ばかりじゃなく、日本サッカー協会との軋轢もあるらしいんだ、岡田には。岡田は、こう答えていた。
「僕らの仕事は、先のことまで考えられないが、おそらくやることはない、と思っている」、と。
岡田武史、鳩山由紀夫と同じように、追い詰められているんだ。