恐怖心との闘い。

もうすぐ、今週末から冬季五輪が始まる。
冬季五輪の種目中、私が、もっとも好きな競技は、スキーのダウンヒル(滑降)。
最大斜度40度ぐらいの急斜面を、時速100キロ以上、トップレーサーでは、最高時速160キロのスピードで、滑り降りる。コースの途中には、落ちていく、という表現がふさわしい個所もある。ひとつ間違えれば、大怪我どころか、死に至ることもある。トップレーサーでも、その恐怖心は、大きいという。
バンクーバーでのそのダウンヒルで、最も金メダルに近い男は、アクセル・スビンダルという選手らしい。今日のNHKで、そのスビンダルという男が、なぜ速いのか、どう恐怖心と闘っているのか、という特集をやっていた。
身体や脳などのさまざまな測定で、スビンダルがいかに筋力を効率よく使っているか、空気抵抗が少ないジャンプでの姿勢がいかに保たれているか、視覚の集中状態をいかに保っているか、など彼の速さの秘密が解かるそうだ。
例えば、こういうことがある。通常人間は、1分間にまばたきを20回くらいするそうだ。その1回のまばたきに要する時間は、通常の場合、3/100秒だそうだ。しかし、滑降中のスビンダルは、1分間にまばたきを1回しかしない。目は、ズッと開いている。ゴールすると、通常のまばたきに戻るそうだが、滑降中の彼の目は、極端な集中状態が保たれている。
彼は、「スピードが出るとアドレナリンがドンドン出てきて、挑戦したいと思うようになる」、「自分の限界点を引き上げなければ、ダウンヒルはできない」、という。「限界の安全装置を少し外す」、ともいう。
しかし、こういう彼にも、恐怖心はある。彼の脳の中に残っているのだ。
何年か前、スビンダルは、アメリカ、ビーバークリークのワールドカップで、高速ゾーンでのジャンプ(クラウチング・スタイルで飛び出すこの高速ジャンプも、ダウンヒルの魅力のひとつ。時には、6〜70メートル飛ぶ。だが、ダウンヒルでは、遠くへ飛ぶことが、必ずしも良いとは言えないのだが))に失敗し、顔面骨折、身体に板での裂傷を負い、意識不明の重傷を負った、という。
だが、命を取りとめ、レースに復帰した彼が、その復帰第一戦に選んだのが、重傷を負ったビーバークリークでの大会だったそうだ。そして、以前よりも速いタイムで滑り降りたそうだ。彼は、「恐怖から逃げず、積極的に向きあう」、「恐怖から目をそらしてはいけない」、という。
しかし、彼の脳を1ミリ単位、2000枚の映像で測定した医師は、彼の扁桃体(恐怖を感じた時に反応するところだそうだ)に、恐怖のトラウマが残っていることを、指摘している。一生消えさることはないだろう、とも言っている。
今、ダウンヒル最強の男であるスビンダル、恐怖を抱えながら滑り降りてるんだ。スビンダル、「精神的に闘うぐらい」とも言っている。脳の中に残る恐怖心を、心の中の闘争心で抑えながら、ダウンヒルをしてるんだ。
バンクーバーでのダウンヒル、ますます待ち遠しい。