鈍色の空。

ズッと雨が降らない。雪も降らない。青空ではない。鈍い感じの青というか、グレーっぽい冬の空が続いている。
大まかに言えば、”青鈍(あおにび)”というんだろう。葉を落としている木も多い。そのうしろ、青といえば青、グレーっぽいといえばグレーっぽい、いずれにしろ、鈍色の空が広がる。
青といい、グレーっぽいといっても、見ていると、他の季節の空の色と違い、とても微妙な色であることに気づく。冬枯れの寒い色とか、暗い色とか、重い色とか、ひと言に言えるものでもない。さまざまな色に見える。
何日か前の、ごく普通の風景を2枚載せる。

学校の運動場。葉を落とした木のうしろは、鈍い冬の空。

送電線の鉄塔。うしろは、やはり、鈍い冬の空。
古来、日本人は、多くの色を作ってきた。植物や、動物や、鉱物を使って。しかし、最も多いのは、木の根や、幹や、皮や、葉や、花を使った植物染料であろう。そればかりでなく、灰汁なども使う。貴族社会のころは、赤系統が好まれ、武家社会になってからは、紺系統が好まれ、武家社会ではあるが、経済社会という要素が強まった江戸期には、さまざまな色が生みだされた。
伊藤昭二他著の『眼で遊び、心で愛でる 日本の色』(学研発行)には、そのような美しい色が、多く出ている。以下の洒落た色の説明は、この書に教えられたものである。
江戸期に戻る。だが、ちょっと行き過ぎだ、ということで、何度も「奢侈禁止令」が出された。華美なものが規制された。しかし、そこからが、日本人のシブトイところだ。渋い色に美を見出した。微妙に変化する色を、数々生みだした。主に、青系統と茶系統、そして、グレー系統の微妙な色、を多く生み出した。それが、粋な色になったんだ。
「四十八茶百鼠」と言われるくらいに、茶系統や、グレー系統は、いっぱいある。まあ、中間色といえば、中間色だが、それらの微妙な色、みな洒落た名前が付いている。
そういうところから、上のなんでもない写真の空の色を見ると、まず、灰みがかった薄い藍色である”藍鼠(あいねず)”が浮かぶ。色調は薄いが、やや青みが濃い”二藍(ふたあい)”(藍で染めたあと、紅花で染め出すところから、こう呼ばれるそうだ)や、灰みのある深い紫の”滅紫(けしむらさき)”が、加わっているようにも見える。
さらに、青系統だが、色調は紺より薄い”縹(はなだ)”や、藍染めで最も薄い青色である”甕覗(かめのぞき)”(藍甕にチラッと布をつけるだけなので、この名があるそうだ)、これらの色が混じっているようにも見える。
また、”薄鼠(うすねず)”、”浅葱鼠(あさぎねず)”、”錆鼠さびねず)”といったグレー系統のところもある。また、江戸期には、最も粋な色といわれた茶系とグレー系の二つの色を合わせた、”茶鼠(ちゃねず)”かな、と思われるところもある。
何の変哲もない、鈍い冬の空。だが、こうして洒落た名前を与えると、その空自体も洒落てくるな。