「日本遺産」補遺(8) (風景・場所)。

21世紀から次なる時代へ、日本人がほんとうに伝えたいものは何か、「芸術新潮」が、今、各界を代表する68人の人たちへ発した問、さまざまなものが挙げられたが、最も多い答えは、やはり、風景や場所に関するものであった。
「ベスト10」に入った15の事柄の中の8つが、この分野のもの。それらと今まで補遺で触れてきたものを除いても、50近くがこの「風景・場所」にあたる。全体でも、260〜270ほど挙がった、”これぞ日本遺産”の中、1/3程度が、この分野だと思われる。また、回答者の中、過半数の人が、何らかの風景や場所を「日本遺産」として挙げている。
どのような人であろうと、「日本遺産」と問われると、まず頭に浮かぶのは、思い入れのある風景や場所となるんだ。そうだろう、と思う。
その中から、目についたものを挙げてみる。<居酒屋>や<富士山>、<伊勢神宮>、また、<神保町>や<ゴールデン街>、といったベスト10に入ったものや、今まで触れたものは、除いて。いや、人、さまざまだ、これが。
まず、オーソドックスなものとしては、<水田>(平松洋子・エッセイスト)、<宮古島の海>(中条省平・仏文学者)、<新緑の四国の森>(養老孟司・解剖学者)。養老は、<伊勢神宮の森>も挙げていたが、<先進国でこれだけ「森を残した」国はない>として、<磐梯熱海のケヤキの森>も挙げている。
四方田犬彦が、「愚行と天恵」として、<水俣の海>を挙げている。だが、これは、<20世紀に人間が犯した愚行を永遠に記録するため、・・・にもかかわらず自然がその傷跡を修復し、・・・という二重の意味においてです>、と書いている。オーソドックスなものではない。さすが四方田犬彦、深い。
また、<厳島神社>(安藤忠雄・建築家)、<対馬仁位の和多都美神社>、<門司の和布刈神社>(共に、平出隆・詩人)、さらに、<那智の瀧>(鈴木理策・写真家)、などカミに関するものも、オーソドックスなものと言えるだろう。
さらに、<北海道・白老町のアフンルパロ>、<沖永良部島の暗川>(共に、石川直樹・写真家)、<沖縄宮古島の風葬所>(加藤典洋・文芸評論家)、もこれに相当するといえば、そうだろう。
なお、アフンルパロとは、アイヌ語で「あの世への入口」という意味をもつアイヌ民族伝承の洞窟だそうだ。また、暗川は、「クラゴー」と読むそうで、沖永良部島の地下水脈のことだそうだ。初めて知ったが、石川は写真家だから、このような辺境の地のさらに極地、という所に思い入れが深いんだな。でも、「日本遺産」というよりは、「民族遺産」ではないかな、とも思うが。
<宗谷岬から見るサハリンの島影>、<「サンパウロの丘」から見渡す米軍嘉手納基地>(共に、黒川創・作家)、もあれば、<首都高速道路>(五十嵐太郎・建築史家)、<東京都水道局森ヶ崎水再生センター>、<東京都中央卸売市場食肉市場・芝浦と場>(共に、内澤旬子・ルポライター。<築地市場>も挙げていた人だ)、<都市東京夜景パノラマ、とくに新宿と浅草の空撮>(川田喜久治・写真家)、といった”東京もの”もある。
首都高速や、都の水道局の何とかセンターや、芝浦のと場が、はたして「日本遺産」なのか、という思いはあるが、仕方がない。ご本人は、そう思っているのだから。
東京がらみは、築地と神保町とゴールデン街と、「ベスト10」に3つも入っている。その上、まだこうして推薦している人がいる。他の町はどうした、と探してみると、ひとつだけあった。
森村泰昌(美術家)が、大阪の<釜ヶ崎エリア>を挙げている。森村は、坂口安吾の『日本文化私観』を引いている。<京都や奈良の古い寺がみんな焼けても、日本の伝統は微動もしない。・・・バラックで結構だ>、という安吾の言を。安吾のいう「真実の生活」の風景として、ひとつだけ知っているのが、<釜ヶ崎>だと森村は記す。
森村は、<釜ヶ崎は、放置されたがゆえに残ってしまった負の遺産である>、とも書いているのだが。
私は、釜ヶ崎には”何度も”、東京の山谷には”何度か”行っているが、ことドヤ街に関しては、視覚、聴覚、嗅覚、あらゆる感覚において、釜ヶ崎ほど凄いドヤ街はない。日本一だ。森村の「日本遺産」への推薦、肯けないではない。
極私的な「日本遺産」もある。
荒川洋治(詩人)は、<喫茶室「たんぽぽ」>を挙げている。「たんぽぽ」は、東京・駒場(アレッ、また”東京もの”だ)の「日本近代文学館」のなかにあった、小さな喫茶室。去年の暮れに店を閉めたそうだが、代替わりして、今年また開かれるという。荒川はここで、ナポリタンを食い、コーヒーを飲んでいたそうだ。
いしいしんじ(作家)は、<三浦市三崎の「まるいち魚店」の店先>を挙げている。「日本遺産」に。<「まるいち魚店」は、三浦の三崎港の埠頭を一本東にはいった道にある。大きな赤い看板と威勢のいい売り声が響いてくるのでまず迷うことはない>、そうだ。こうなると、何でもありだな。
何でもあり、といえば、私の好きな絵描きのひとりである大竹伸朗は、「日本放置酷宝景」として、こう書いている。<「制作衝動を刺激されるかどうか」。そこを基準に自分にとっての「遺産」を考えてみた>、と。そして、こういうものを挙げている。
<昭和3年7月に開園した海浜公園の通称「赤松覗き岩」(愛媛県宇和島市)>、<JR高松駅前内外共存木造家屋(香川県高松市/現存せず)>、といったものを5つ。
この”岩”はともかく、”内外共存木造家屋”なるものは、写真で見ると解かるのだが、説明するとなると、とても複雑でわかり辛い。だから、説明はしないが、まあ、とてもヘンなもの。大竹らしい、といえば、大竹らしいものだ。
「日本遺産」の風景・場所の最後に、高橋睦郎(詩人)が挙げたものを記しておく。高橋が挙げたのは、
<日本列島弧という位置>。