尊厳と義務。

晴れ。
天皇誕生日。今上天皇、76歳を迎えられた。
今日の新聞には、文書で発表された、昨今の厳しい経済情勢に心を痛めている、との今年一年の感想が、報じられている。
今上天皇については、このブログでも、何度か触れた。今、見返してみると、ブログを始めたばかりの7月4日の「平成も21年」、翌5日の「パール・ハーバー」、26日の「思うこと」、10月24日の「お言葉」、11月12日の「天皇即位20年」、その他、国事行為や憲法とのからみで、記したこともあった。
昭和天皇のやり残されたことごとを、すべて引き継ごう、との強い信念、そして、憲法を最も深く読みこまれている人、としての今上天皇を、私なりに書いたつもりだ。
宮内庁のHPを見ると、今上天皇は、国事行為やその他の公務の他に、年間20以上の宮中祭祀をなされている。125代にわたる天皇というお立場を、国民とはまた別の立場から、護っておられる。誰が書いたものだったか忘れたが、宮中祭祀に対する熱意は、歴代天皇の中でも、殊の外強い、という。
だが、私は、今上天皇を思う時、二つの言葉を思いだす。カタカナになるが、ディグニティー(dignity)とデューティー(duty)、という言葉だ。日本語にすれば、尊厳と義務。
人間の尊厳、そして、自らに課した義務、すべて、過去の歴史、歴史的事実を忘れたらいけない、という高貴な信念に基づいた行いをされてきた。
これも宮内庁のHPによると、天皇、皇后、両陛下の公式の外国訪問は、即位後23カ国、皇太子時代を含めれば、通算48カ国、お立ち寄り国を含めれば、55カ国になるという。
即位後の公式訪問国には、アメリカ、イギリス、中国、オランダ、といった、第二次大戦前夜、ABCD包囲網と言われていた旧敵対国が含まれている。日本に対し、反感を持つ人も多い国だ。私は、行かねばならない、とのお気持ちだっただろう。いずれの国でも、晩餐会でのお言葉では、そのニュアンスにやや違いはあるが、過去の戦争について述べられている。
しかし、私の心に強く残るのは、4年前の平成17年、終戦60年の節目の年に、サイパンへの慰霊の旅に行かれたことだ。
6月27日、出発に際しての、お言葉がある。
「この度、海外の地において、改めて先の大戦によって命を失ったすべての人々を追悼し、遺族の歩んできた苦難の道をしのび、世界の平和を祈りたいと思います」、と述べられ、続けて、「サイパンには、昭和19年6月15日、米軍が上陸、壮絶な戦いが20日以上続き、亡くなった日本人は、子供を含む民間人も含め、5万5千人。米軍の死者は、3500人、さらに、現地の島民900人が犠牲となりました」、と具体的な数値まで述べられている。
その思いが、あの深く胸打つ、バンザイ・クリフでの長い黙祷になる。
その前、終戦50年の年には、広島、長崎、沖縄への慰霊の旅にも出られている。特に、沖縄への思いは強く、皇太子時代も含め、5回も訪れている。唯一の地上戦、実質的に捨石となった沖縄への思いの表われであろう。
また、小笠原にも行かれ、厳しい戦闘の果てに硫黄島で玉砕した人々をしのんでいる。
忘れてはいけない、記憶に留めなければいけない、ということを、自らに課すことと共に、自らの慰霊の旅で、国民すべてに、忘れてくれるな、ということを示された。私は、そう思う。
今上天皇、十分務めは果たされた。今上天皇も76歳。贔屓力士は知らないが、もうすぐ初場所、またお好きな相撲をお楽しみになられることを、と願っている。