昼の蓮、を加えよう。

曇り、のち晴れ。
うっかりしていた。蓮の花期は、6月末から8月中旬だと思っていた。うっかりばかりでなく、実は、今日は出かけるのが億劫だな、という日もいくらもあったのだが。
7月の初めに不忍池を見に行った時には、見渡す限り葉っぱばかり、かろうじて蕾がひとつ目に入っただけ。だから、余計に油断していた面もある。まだまだ先だな、と。しかし、ひと月近くも間を空ければ、状況は大きく変わる。空きすぎ、うっかりしすぎである。
今日、不忍池に行った。さすがに盛りはすぎたろうが、まだまだ大丈夫だろう、とタカをくくって。
案の定、盛りは完全にすぎていた。それでも不忍池は、池そのものが広い為あちこち花の姿はある。数えれば、おそらく数百輪はあろう。蕾も多い。しかし、池が広いだけに、あちこちポツポツという感じでしかない。
花そのものも、開いているものも勢いがなく、どこかくたびれた印象。姥桜という言葉を思い浮かべた。桜じゃなく蓮なので姥蓮か。「うばはす」じゃ語呂が悪いので「うばロータス」といってもいいが。やはり、来るのが遅すぎたな、と思う。
しかし、そうじゃない。来る時期も遅すぎたが、それよりも、行った時間が遅すぎた。こちらの方が大きい。
真っ当な人は、蓮の花を見る為には、5時か6時という早朝に行くという。朝が弱いうえ、グズグズしていて、私が着いたのは11時ごろ。これじゃ時期が良くても、おそらくくたびれた花しか見られないだろう。しかたない。
「6日のあやめ、10日の菊」というが、これに加えて、「6日のあやめ、10日の菊、もひとつ加えて、昼の蓮」とでもいう言葉でも作りゃいいな、と思う。
勢いのあるキレイな蓮花の写真は、みなさん多くのカメラ自慢の方々が撮っているので、ここでは、そうではないそれとは対極の写真を幾つか並べておこう。「6日のあやめ、10日の菊、もひとつ加えて、昼の蓮」の。








すぐ傍の木に蝉が飛んできた。透きとおった羽から察すると、クマゼミかな。

細い枝に蝉の抜け殻がついていた。なに蝉かは解らない。

不忍池には鯉もいる。緋鯉とよく見ると真鯉も。

もひとつ加えて、「昼の蓮」を。