三渓園小景。
5日前、河瀬和世さんのインスタレーションを観に三渓園へ行った折り、旧燈東明寺本堂へ行く前、庭園内を少し歩いた。もちろん広大な庭園のごく一部である。
三渓園正門を入ると、すぐに池がある。「大池」という。大きな池だから「大池」ということらしい。
池に浮かぶ枯れた草、何と言うのだろう。
この時季、梅の季節である。
臥龍梅。
白梅、凛とした佇まい。
三渓記念館では、「エバレット・ブラウン湿板光画展」が開かれている。
1959年生まれのエバレット・ブラウン、1988年から日本に定住している写真家。江戸時代に伝えられたという湿板写真で撮影している。
ポスターに扱われている作品。
「湿板光画」、ブラックとジンクホワイトのみを使ったような厚い質感のモノクローム。
白梅の向こうに臨春閣が見える。3屋が雁行する。
「臨春閣」、<この建物は、紀州侯初代の徳川頼宣によって慶安2年(1649)に、・・・・・、紀ノ川沿いに建てられた夏の別荘巌出御殿といわれています。8代将軍吉宗は、幼時この巌出御殿に育ち、・・・・・。三渓園には大正6年(1917)に移築されました>、と説明書きにある。
臨春閣へ近づく。
内部は狩野派などによる障壁画。
数寄屋風書院造りの別荘建築。
ここは、「琴棋書画の間」。
”琴棋書画”、教養人にして趣味人の絶対必要条件であった。
江戸初期、460〜70年ほど前の建物である。
聴秋閣。
<京都、二条城内にあったといわれる徳川家光、春日局ゆかりの楼閣建築>、とある。
建築年は元和9年(1623)。大正11年(1922)に移築されている。
月華殿への階段。
私は、もちろん登ってはいかない。
赤いツバキがひとつ落ちている。
正確な名は知らないが、ササが広がっている。
この時季、「麦茶無料接待所」の初音茶屋では、温かい麦茶がふるまわれている。
炉にかけられた鉄瓶からは、白い湯気が立つ。
後で気がついたが、私もエバレット・ブラウンのポスターにある被写体と同じようなものを撮っていた。雁行する臨春閣の第三屋の左の光景である。私は、臨春閣の第三屋の端も入れている。
向こうに見えるものは、「亭樹」というそうだ。
”亭(てい)”は”亭(ちん)”だが、”樹”が”四阿(あずまや)”であることは知らなかった。初めて知った。
それはそれとし、「亭樹」の写真、エバレット・ブラウンの湿板光画の厚い質感には、とても太刀打ちできない。仕方ないよ、安いデジカメで撮っているのだから。
それにしても三渓園、その一部を歩いたにすぎないが、 幾つもの面白い場面にいきあった。