清順の世界(3) 夢二。

鈴木清順「大正浪漫三部作」、掉尾を飾るのは『夢二』。竹久夢二、大正浪漫を象徴するような男。清順美学、炸裂する。

金沢近郷の湖畔の宿で、駆け落ち相手を待つ夢二。待つ相手は、東京のさる御店の箱入り娘・彦乃。
     待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬさうな
この夢二の手になる『宵待草』、多忠亮が曲をつけ、多くの人に歌われたのは、大正6年のことだそう。
しかし、周りは何やら泡立たしい。
女房を寝取られた男が、その相手と女房を殺す。山へ逃げこむ。その男の名、鬼松という。おどろおどろしくなってきたぞ。
湖の上では、夢二がボートに乗っている。女と一緒である。相手の女、鬼松に殺された、その女房である。綺麗な女である。名を巴代という。夢二と巴代、なるようになる。
鈴木清順の映画を観て、アレッ、巴代って女は殺されたんじゃなかったのかとか、どうして夢二と好い仲になってるんだ、なんてことを言ってはいけない。
ヤボ以前、美学が解らなくなってしまうから。

主役、竹久夢二に扮するのは、沢田研二。
鈴木清順、『ツィゴイネルワイゼン』では原田芳雄を、『陽炎座』では松田優作を、『夢二』では沢田研二を主に据えた。色男の代表として。『夢二』、1991年の作である。”ジュリー”って時代は過ぎてはいただろうが、まだまだジュリー・沢田研二の色香、漂っている頃ではなかったか。
なお、”待てど暮らせど”の彦乃、親の目を掻い潜り金沢へ来る。彦乃を演じるのは、宮崎萬純。その間、夢二と好い仲になる巴代を演じるのは、宝塚でトップを張った毬谷友子。≪黒船屋≫のモデル・お葉も、もちろん出てくる。広田玲央名が扮する。

沢田研二扮する夢二を囲んで、左から、毬谷友子の巴代、宮崎萬純の彦乃、広田玲央名のお葉。
鈴木清順の「大正浪漫三部作」、そのすべてに出ている役者が3人いる。
原田芳雄、大楠道代、麿赤児の3人である。
『夢二』での原田芳雄は、他人の女房を寝取り、殺される男を演じている。清順美学で、必ずしも死んではいないのだが。大楠道代は、夢二が逗留する宿の女将を演じている。夢二に、こんなオバアサンでも、と秋波を送る。
大楠道代なら、もちろんオーケーです。私なら、もちろんそう応える。ン、いささか酔ってきたようだ。気をつけなきゃ。子供どころか、孫もいる年になっているのだから。
麿赤児は、この作では警察の刑事。さほど面白くない。それより、坂東玉三郎が出ている・
竹久夢二の対極としての人物・稲村御舟役。確とした男役、凛とした男役、玉三郎、玉三郎、いいね玉三郎である。
映画『夢二』、さまざまなことがある。ありえない、ということも。ロマンチック・浪漫ちっくなら、いいんじゃないの、ということが。
鈴木清順の本、あるはずだが、と探したら、見つかった。
『花地獄』(1972年、北冬書房刊)。こんな本、どうして買ったのかな、という本。

箱の表、青不動が逆さまになっている。
それは、いいとしよう。逆さまであろうと、どうであろうと。
「映画芸術」、「FILM」、などに書かたものもある。「アンアン」などにも。中に、「高2コース」、70年10月号に書かれた「バカの一念」という文章がある。「高2コース」って雑誌、受験誌であろう。そこに鈴木清順、こんなことを書いている。
<昔から、碁打ち将棋に活動屋は、親の死目にも会えないという。・・・・・つまり諸君のおふくろが、逆髪をおっ立てて憤慨するギャング映画やヤクザ映画をじゃんじゃん作り、十八歳未満お断りの映画ではちっとは名の通った監督になっていたが、極道映画の報いか、こればかりは諸君のおふくろさんから、ざまあみろ、といわれても仕方ないほど貧乏は底をつき、」この年齢になって女房に働いてもらって、やっと露命をつなぐ意気地なさ、だらしなさ・・・・・わかってるんだ・・・・・>、というもの。
こんな原稿を受け取った「高2コース」の編集者も困ったであろう。受験を控えた受験生にこれかよ、と。”この年齢になり、貧乏も底をつき、女房に働いてもらって、やっと露命をつなぐ意気地なさ”という文面なんだから。
ほぼ40年ほど前、新宿歌舞伎町、区役所通りの風林会館の近くを少し入った所に、木造2階建ての建物があった。その2階に「かくれんぼ」という店があった。階段を上がった2階、カウンターだけの店内、10人も座れたか。
鈴木清順の奥さん、この店をやり、ご亭主を支えていた。赤テント、状況劇場の若い女優などをバイトで使って。
芝居や映画の関係の連中が多かった。安い店であったので、そうでない連中も。
この店を誰かに代表させるとすれば、家畜人ヤプーの作者・沼正三、天野哲夫だ。沼正三・天野哲夫、「かくれんぼ」に来ていたようだ。
だが、私が会った覚えはない。
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鈴木清順「大正浪漫三部作」、そのすべてのシナリオを書いているのは、田中陽造。才人だ。
ここからは、少し極私的な方向に入る。
田中陽造、私の通っていた大学の少し先輩である。それ以前、田中陽造に『ベビードールの一週間』という作品があるはずだ。もちろん、サミュエル・ベケットに対峠した不条理劇だ。
登場人物は、ベビードールと、新聞配達の男と牛乳配達の男。私は、牛乳屋の男を演じた。
50年ぐらい前、さまざまなことが、走馬灯のように駆け巡る。
鈴木清順「大正浪漫三部作」、その音楽は、河内紀である。彼も、少し先輩だ。
何故に河内紀、と思う。私の知る河内紀、絵描きであった。その後、映像作家となった。その後、音楽にまでとは思わなかった。
鈴木清順の大正浪漫で、さまざまなこと勢いづいた。