ヒール考(続き)。

今日、大阪地裁は、いわゆる郵便不正、偽証明書事件の被告・厚労省元局長に無罪判決を下した。
”あらかじめストーリーを描き、検事が誘導”と地裁が判断した検察調書、ことごとく退けられていた。無罪は、当然だ。
検察ってどういうものか、と思い少し調べてみた。知っているようでいて、案外解かっていないので。捜査手法とか、取り調べの可視化の問題、といったことは解かるが、私には、その本質が解かったとは言えない。
無罪判決後の、厚労省元局長の記者会見での言葉を読んだ。ごく普通の言葉で、ごく普通に話しているが、検察に対しても、メディアに対しても、抑制のきいた言葉を選んでいる。今までに、写真で見知ったこの人、ごく普通のオバさんという感じだったが、なかなかの人だな、という印象を受けた。検察、控訴すべきじゃないだろう。
ところで、佐藤優は、『獄中記』の中で、<本件は国策捜査である。・・・・・鈴木宗男さんが標的で、そこに行き着くために私を捕まえることが必要だった。そして、鈴木さんと私が絡む刑事事件を作ることによって、従来の政官関係を断罪するというのが、東京地検特捜部の戦略だったと私は見ている>、と書いている。
そう、昨日の「ヒール考」の続きです。ヒール・鈴木宗男の同志である、佐藤優の『獄中記』が面白いので。
鈴木宗男がらみ、チャチな容疑で、東京拘置所の4畳の独房に、512日もの間ブチ込まれたんだから。しかも椄禁処置、つまり、弁護人以外との面会も禁じられている。その中で、B5判のノートで62冊に及ぶ思索記録を書く。総ページ数6000ページ強、400字詰め原稿用紙にすると、5200枚になる、という。
本の差し入れは、認められる。哲学書や歴史書が多いが、ハハーンと思うのは、辞書や事典の類い。広辞苑や国語辞典といったものから、チェコ語、ドイツ語、英語、ロシア語、ラテン語、ギリシャ語の辞書を差し入れてもらっている。
佐藤優の基本領域は、神学である。同志社の神学部を出た男が、なんで外務官僚になったのか、と思ったら、チェコ語ができるということで採用されたそうだ。もちろん、ノンキャリだ。ところがロシアに回される。それが、ラスプーチン・佐藤優の始まりとなる。ロシアの政界、官界、主流派、反主流派を問わず、ネットワークを広げていく。
時には、こういう面白い話も出てくる。時は、1998年11月11日。場所は、政府専用機の総理執務室。小渕恵三がロシアへ行く時の飛行機の中での話のようだ。
小渕 おい、あんた(佐藤のこと)、エリツィンに何を言ったらいけないか「べからず集」について教えてくれ。
佐藤 まず、他のロシア人政治家の名前を出してはいけません。渡辺副総理はゴルバチョフの名前を出して大失敗しました。プリマコフ首相も力をつけてきていますから、こちらからは名前を出さないほうがよいでしょう。
小渕 その辺は俺もよくわかる。他になにかないか。
佐藤 「ああすれば、こうしてやる」というような駆け引きのようなことは言わないほうがよいでしょう。誠実な、少しナイーブなくらいの対応をするほうが・・・・・。
小渕 こっちは「人柄の小渕」だからな。そこも大丈夫だ。
佐藤 あとは、・・・・・
この時の同席者の中には、内閣官房副長官だった鈴木宗男も入っている。
まあ、こういう”あの小渕さんが、内々の場では”、というような面白い話も出てくるのだが、多くは、読書と思索の記録。国家と人間を考える。
ルカーチの思想がどうで、ヨーロッパでの受け入れられかたがどうで、ハンガリー動乱の時にはどうこうで、なんてことも勉強した。その他の思想家のことについても、少しばかりは。しかし、こんなこと、今の私には、2〜3日後には忘れているだろうが。
それと共に、高倉健主演の『網走番外地』や、菅原文太主演の『仁義なき戦い・代理戦争』なんてヤクザ映画も、ちゃんと観ている。もちろん、娑婆にいた頃だが。ものを考える人間、こうじゃなければいけない。
ヒール・鈴木宗男に対しては、徹頭徹尾、優しい。こういう記述がある。
<もし鈴木代議士が、自らの権力しか指向しない政治家だったならば、私は、最後までついていくという選択はしなかったであろう>、と。
今日、日本振興銀行が破綻した。初のペイオフ発動となった。
竹中平蔵の懐刀として、振興銀を作った木村剛もヒールと言えるかな、と少し考えた。悪玉とは言えるのかもしれないが、ヒールとは言えないな、と思い至る。ヒールとなるためには、何らかの要件がいる。何らかの、魅力的な要素が。
その意味では、外務省から見た悪玉・佐藤優、魅力的なヒール、と言ってもいい。顔つきも、その要件は満たしているし。