斬、。

「一本の刀を過剰に見つめ、なぜ斬らねばならないかに悩む若者を撮りたいと思っていた」、と塚本晋也は語っている。今の世の中、何かキナ臭い匂いがする、と言う。2018年の作品だが、2年後の現在も変わらないだろう。
塚本晋也は前作、大岡昇平原作の『野火』では戦争のむごさを映像化した。ギラギラとした極彩色で。塚本晋也初の時代劇である本作も、その延長線上にあると言える。
おかしな方向へ流れる時代に抗う塚本晋也の世界。
f:id:ryuuzanshi:20181130121307j:plain
<なぜ人は 人を 斬るのか>。
『斬、』の主人公である都筑杢之進は、剣の腕は立つのだが、なかなか人を斬ることができない。人を斬ったこともない。
f:id:ryuuzanshi:20181206162349j:plain
『斬、』、監督・脚本・撮影・編集・出演・製作、すべて塚本晋也。塚本晋也の完全オリジナル作品である。
主役は、池松壮亮と蒼井優という芸達者。
『斬、』、2018年の第75回ヴェネチア国際映画祭のコンペティション部門に正式出品されたが、最高賞の金獅子賞は逃した。この時、金獅子賞を取ったのは、暫らく前に記したアルフォンソ・キュアロンの『ROMA/ローマ』であった。
なお、この年2018年(平成30年)度の第69回芸術選奨文部科学大臣賞の映画部門で、黒澤和子と共に受賞している。塚本晋也は「『斬、』の成果」で、黒澤和子は「『万引き家族』の衣装デザイナーとして」が、それぞれの受賞理由。
文科大臣のこの賞、さまざまな部門がある。古典芸能からさまざまに。この年の受賞者、知らない人が多い。私が見知った名は、文学部門の吉田修一、美術部門の小沢創、大衆芸能部門の笑福亭鶴瓶と竹内まりや、さらに新人賞として宇多田ヒカル。
蒼井優が演劇部門の新人賞をうけている。なるほど。
f:id:ryuuzanshi:20181130140541j:plain
江戸時代末期の江戸近郷の農村での物語。
浪人の都筑杢之進は、農家を手伝い生きている。村を出て行きたい若い男・市助に剣を教えている。市助の姉にゆうという娘がいる。澤村次郎左衛門という剣の達人が現れる。
市助に剣を教える杢之進の腕を見た澤村は、動乱の京へ行かないかと誘う。幕末の京都、殺し殺されの時代である。
f:id:ryuuzanshi:20181203140512j:plain
杢之進(池松壮亮)とゆう(蒼井優)。
浪人とはいえ侍は侍。身分違い。近づきたいけど、近づけない。
それにしても現在、池松壮亮と蒼井優の二人、飛びぬけて生臭さを感じる役者である。特に池松壮亮、性の匂いがふんぷん。
f:id:ryuuzanshi:20181203140503j:plain
澤村(扮するのは塚本晋也)、杢之進を誘う。「その剣を動乱の京で活かせ」、と。しかし、杢之進の心は踏み切れない。
杢之進、何故に人を斬るのかと抗う。
f:id:ryuuzanshi:20181206162310j:plain
額に剣を突きつけられても。
f:id:ryuuzanshi:20181206162305j:plain
乱暴者の集団が村を襲い、ゆうも凌辱を受ける。
その狼藉者の集団を切り殺したのは澤村であった。
f:id:ryuuzanshi:20181130140547j:plain
ゆう。
f:id:ryuuzanshi:20181203154311j:plain
板の隙間から杢之進の指が差しこまれる。
ゆうはその指を口に含み、ゆっくりと愛撫する。官能表現極まれり。
f:id:ryuuzanshi:20181206162320j:plain
昨日の『散り椿』の木村大作は、時代劇の様式美、美しい殺陣を撮りたいと考えていた。が、『斬、』の塚本晋也は、様式美などにはこだわらない。暴力に抗う時代劇を目指していたのかもしれない。
f:id:ryuuzanshi:20181206162245j:plain
それにしてもタイトルの『斬、』の「、」・テン(読点)はどういうことか。
「。」マル(句点)でなく、「、」テンとは。
マルは、それで完結だ。しかし、テンは後に続く。キナ臭い時代に抗う戦いはまだまだ続けていくぞ、という塚本晋也の挑戦状であろう。


過去最大級の台風が来ている。
沖縄を通り、夜10時半には九州の西方を北上している。
f:id:ryuuzanshi:20200906222934j:plain
風速45メートル、最大風速60メートル。
豪雨、河川の氾濫、浸水、高潮、さまざまな言葉が飛び交っている。
日本は天災国、改めて思う。