オホーツクふらふら行(24) ドームと鴉。

昭和20年(1945年)の日本敗戦まで、稚内と樺太の大泊(コルサコフ)の間には定期連絡船があった。「稚泊航路」である。
稚内の連絡船発着所として造られたのが、今、稚内港北防波堤と呼ばれているアーチ型構造物である。通称「ドーム」。これがカッコいい。
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翌日午前中は宗谷岬へ行こうと思っていたが、前日バスの中から見たのでよしとした。で、昼近くゆっくりとホテルを出、すぐ目の前のドーム・稚内港北防波堤へ行く。
ドームの手前にドームの上に上がる階段がある。さしたる段数ではないが、ストックを使い注意して上がる。
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下から見た時、鴉・カラスがいるなと思っていたが、此奴がいた。
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鋭い嘴だ。
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私が近寄っても逃げない。
逆に襲ってくるかもしれないな、とも考える。その時にはストックで応戦しよう、と。足場は悪い。それでなくともふらふらとしている私、圧倒的に分が悪いな、とも。
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こんな至近距離で鴉・カラスを見たことはない。
それにしても大きなカラスである。
オレはポーの『大鴉』は読んでないな、なんてことも頭に浮かぶ。
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大きなカラスのすぐ前を通り前方へ進む。
ドームの上。昔、稚泊航路の連絡船がここから発着していたところ。少し進んで、すぐに戻る。
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再び大きなカラスのすぐ目の前を通り。
大きな黒いカラス、悠然としている。
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デュシャンの≪大ガラス≫も思いだした。デュシャンの≪大ガラス≫は、「カラス」ではなく「ガラス」なんだが。
しかし、あの大ガラスのあちこちに、カラスが飛んでいると思えるようなところがあるような、と。
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おそらくハシブトガラスなのであろう。しかし、オオガラスと思いたい。
彼(であろう)と6、7分対峙していた。濃密な時が流れた。
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外の海、流氷はない。ただ鈍色の海面。
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下へ下りてドームの方へ。
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ドームの先端にこう記されている。
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光ってよく読めないが、概ねこういうことが記されている。
<昭和6年に着工し、昭和11年に完成した。が、激浪のため老朽が進み、昭和53年より改良施行し昭和55年に完成した。この構造物の名称は、古代ローマの柱廊を思わせる独特の外観から通称「ドーム」と呼ばれ、世界で唯一のものである>、と。
「北海道遺産」であり、「土木学会選奨土木遺産」でもある。
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古代ローマの柱廊か。
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速足で歩いている人がいた。
「ウォーキングですか?」と訊いたら、「そうです。ウォーキングです」と言って、みるみる遠ざかっていった。
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ドーム、こちらから。
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その日の夜、部屋の窓から下を見たら、ドームに明かりが点いていた。
日本最北端の町・稚内の夜景、趣きがある。