今上天皇、伊勢神宮へ退位報告。

一昨日から在任中最後の地方訪問として三重県を訪れられていた今上天皇と皇后さま、昨日、伊勢神宮へ退位に向けた儀式に臨み外宮、内宮へ参拝され、今日、東京へ戻られた。
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今日9時のNHKニュースから。
昨日、外宮そして内宮へ。
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皇居から三種の神器の内、剣と勾玉を携えてこられた。
侍従が捧げ持つ。
天皇の面持ち、二千余年の皇統のことごとを思われておられるよう。
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名古屋から新幹線にお乗りになる今日の両陛下。
昨日の伊勢神宮への参拝時と異なり、日本国民の象徴としてのお顔つきである。
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午後、東京駅に着かれ天皇旗を立てた車で皇居へ戻られる。
平成の御代、あと少し。剣璽を携えての伊勢神宮参拝という大事を無事終えられてのお心いかばかりか。
30年間、無事終えた、後は託す、とのお心ではなかろうか。



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今日、新元号「令和」を決めた会議の議事概要が公表された。7時のNHKニュース。
全閣僚会議ではこのよう。最後に官房長官・菅義偉、「総理に一任と言うことで」、と言ったそうだ。で、安倍晋三、かねて思いの「令和」と決めたそうだ。
これに先立つ形ばかりの有識者懇談会でも、次いでの衆参両院議長、副議長の聞き取りでも、「国書」からという意見が圧倒的とのことが流されていた。新元号・「令和」発表時には、安倍晋三がNHK以下テレビ各局を梯子、「国書・『万葉集』から」、と国書、国書を連発していた。
が、安倍晋三はその背景を語ることはなかった。
大伴旅人による「梅花の歌」32首の序文からの言葉である。その直後から、「『万葉集』は日本の古典であるが、大伴旅人の件の序文は漢文で書かれている。中国の古典・『文選』の後漢・張衛による「帰田賦」がその源である、ということが語られていた。しかし、安倍晋三はそのことには触れない。
   「仲春令月、時和気清」   (『文選』)
   「初春令月、気淑風和」   (『万葉集』)
今なら、パクリじゃないか、となるかもしれない。しかし、万葉集の頃にはそうではない。過去の優れた文言を持ってくることは当たり前。「引歌」である。
が、令和改元の時にもひと言触れておくことが必要であった。
それがなかった。
ところで、東京六大学で女性で唯一「総長」を張っている法政の総長・田中優子、常に和服姿で年増の色気を振りまいているばかりじゃない。
一昨日の毎日夕刊に「漢語としての令和」、という一文を記している。
”「それは強調しなかった方がよかったのでは?」と思ったのが、「日本の古典からとったのは初めて」「『万葉集』が典拠です」という、新元号「令和」についての説明であった」、と書きだされる。
『文選』の「帰田賦」に触れ、「元号を日本のものにするには、漢字2文字ということじたいに無理がある」、とし、「本当に中国離れをしようと思うのであれば、・・・・・」、と記す。
漢字文化圏の日本、中国の軛から逃れることはとても難しい。
法政大学総長・田中優子、「・・・日本文化は中国文化無しにはあり得なかった、と本当のことを表明することだ」、と記し、「中国と韓国あってこその日本だと言い続けることで、東アジアの・・・」、と記している。
まさに、その通りである。
それはそうと、新しい元号の決定、内閣総理大臣が握っていることにどこか違和感を覚える。内閣総理大臣による天皇支配に思える。
元号の制定、天皇にお返しし、お任せしてもいいのじゃないか。