流山子雑録     『酔睡胡乱』

早稲田美研60-70 第10回展(続き×10 千秋楽)。


グループ展というもの、初日と最終日が最も面白い。
初日には、前日の搬入から引き続いてのオープニングパーティーがある。最終日には、搬出がある。出展者が集まってくる。会場を作るのも面白いが、「ああ、終わったなー」、と作品を外し搬出作業に入るのも趣きがある。捨てがたい。
その場にいた出展者で記念写真を撮った後、5時少し前から搬出作業、作品の取りはずしに取りかかった。

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小澤がまっ先に、手術療養中の石田の作品撤去に取りかかる。
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皆での記念写真撮影時、シャッターを押す人、誰か来ないかなと思っていたら、グッタイミングで入ってきた女性、どうも瀬尾のお友達のようだ。
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小澤、石田の作品を次々に外してゆく。
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関根も陶芸作品を外していく。
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山宣も。
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関根、作品の取りはずしはすんだようだ。
後ろでは、出展した7点の陶板が完売、手ぶらで帰ることのできる後藤が、瀬尾作品の取りはずしを手伝っている。
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石田作品の取りはずしが終わり、小澤は次の手助けに取りかかっていった。
久木も「根っ子」を取りはずした。
伊藤の娘さんである彩さんも、伊藤作品の取りはずし収納作業も終盤となっている。高橋がサポートしている模様。
撤去、搬出作業って空間の移動であり、時間の移行、と思える。
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彩さん、まとめあげた。
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山宣も終盤だ。
羽生も鬼原も。
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杉浦も、後はキャンバスの収納のみ。
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あちこち手伝っている小澤、脚立を使う奥作品の上の列の取りはずしも。
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取りはずした奥の28枚の紙片、百均のプラボックスにブラック・ジェッソを塗ったこの箱の中に。
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植松の搬出作業は大変だ。
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山岸も終盤だ。
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榊原と鬼原も。
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伊藤作品の撤去、収納が終わった彩さんも応援に来た。
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植松、撤去したものをダンボールに詰める。
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バーナーで焼成したビールの空きカンを、このように。
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植松、電動工具を持ってきている。
焼成したビールの空きカンで溢れた大きな長方体も、ペイントした作品が乗っていた台なども、すべて工具で解体していった。パワフル。
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高橋が何時何分までにお願いします、とチェックしにきた。
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犬飼が来て、取りはずしに取りかかった。
榊原、自らの体調も良くないのであるが、手助けしていた。
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あちこちの手助けをしていた小澤、最後に自らの作品撤去にかかっていた。
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すべての撤去は終わった。
クロネコなどの宅配便業者が来るまで、暫らく待つ。
ダンボールや木材など最も物量の多い植松の搬出品は、手分けして外部の駐車場まで運んだ。植松、ゴミやヒモの切れ端、クギなどのごちゃごちゃとしたものもダンボールに納め、雪の妙高へ持ち帰っていた。
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それぞれの壁面は、元通りに整えられた。
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このように。
白い壁面に。
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間もなく宅配便の業者が来る。打上げの時間も迫っている。
高橋が指さし、「皆さんは先に打上げの会場へ行っていてください」、と言う。打上げ会場の居酒屋、文房堂のすぐ斜め前の居酒屋だ。宅急便への引き渡しは高橋にまかせ、その他の者は斜め向かいの居酒屋へ移る。


この後、「早稲田美研60-70 第10回展」を象徴する3枚の写真を載せる。
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初日・オープニングパーティーの折り、皆が飲んでワイワイとやっていた頃、高橋がゴミの選別をしていたことは記した。「ちょっと、高橋、やりすぎじゃないか」、とも。
その翌日だったか会場へ行くと、展示室のバックヤードにはこのようなものがあった。「カン」とか「ビン」とか「もえるゴミ」とか・・・とか、と。それぞれの日の当番への高橋からのメッセージである。各日の当番、きちんと守った模様である。
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搬入日であった。
杉浦良允の作品をバックにした高橋が、あちこちの連中の手助けをした後、最後に自らの作品を取りつけていた小澤潔の模様を見ていた。これで終わりだな、と。
なお、横にいるのは関根、「早稲田美研60-70 第10回展」皆勤であるらしい。今日、高橋からのメールによると、関根、アメリカへ帰っていったそうだ。久しぶりの日本、関根、十分に満喫していったようだ。
それはともあれ、「早稲田美研60-70」の今回展での高橋の活動は凄まじいものであった。単なる幹事の範疇を越えていた。獅子奮迅、と言っていい。
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最終日のことである。
すべての作品の撤去を見届け、小澤が自らの作品を取りはずした。そこへ高橋の作品を持ってきた。いつも高橋の作品を持ち帰っているそうだ。
それにしても、自らの作品に高橋の作品を合わせるこの小澤の表情、こんなに「嬉しい」っていう表情は久しく覚えがない。
高橋と小澤、「早稲田美研60-70 第10回展」の立役者。幾重にも感謝する。


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6時すぎ、文房堂を出る頃には、まだ「早稲田美研60-70展」の明かりはついていた。
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3時間近く後の9時ごろ、居酒屋での打上げから出てきた。
斜め前の文房堂、夜の帳にこのように。
千秋楽である。


今回のグループ展に関し、久木からは「全作品、オリンピックの記録映像のように」、とのメールが来ていた。私も第10回展となる今回展がひとつの区切りだな、という思いがあった。
久木や私の思いを満たすものができたかどうかは分からない。が、これで「早稲田美研60-70 第10回展」のレポートを終わる。
次回展は2年後となった。本来なら1年半後であるが、昨年夏のような猛暑では外へ出ることができない。で、夏を避け2年後に。
私は、おそらく今回展が最後だな、という思いを抱いている。2年後は難しい。このようなこと、何となく分かるものである。