マジカル・アジア。

東博の東洋館がリニューアルオープンしたのは平成25年(2013)1月。もう5年になる。速い。
時折り行っている。収蔵品がそう変化しているわけではないが、面白い。また会えたなって馴染みの品もあったりして。
年に一度ほどは何らかの企画展示を行っている。昨秋は「マジカル・アジア」。なに、通常の展示とさほど変わらないものではあるが、それはそれ楽しめる。

東洋館、マジカルの館と自称。

博物館でアジアの旅。

東洋館1階の第1室へ。

第1室は中国の仏像。
左側の石仏は・・・

「菩薩立像」。
北斉時代 天保3年(552)。石灰岩に彫られている優しげな仏さま。重文である。
根津嘉一郎氏寄贈、と記されている。昔の金持ちはいいことをしてくれる。東博東洋館へ入ってまず初っ端にこの像を目にし、なにやらホッとしたという人は多くいるであろうから。

説明書き、ブレちゃっている。これじゃ読み難い。

ガンダーラ仏の部屋。

ガンダーラ、東洋と西洋が融合した。

「如来立像」。
ペシャワール周辺。クシャーン期、2〜3世紀のガンダーラ仏。

これは・・・
上にあるのは印・ハンコであろうが、下にあるのは何なんだろう。

こういうものである。アイマスク。
大谷探検隊将来品である。
明治維新後、欧米列強の後を追いかけた日本、西域探検でも欧米列強を追いかけた。西本願寺門主・大谷光瑞、その財力とロマンで西域の地へ探検隊を送りこんだ。欧米列強に較べては周回遅れの進出ではあったが。東博には大谷探検隊将来品が幾つもある。
西域の地に行けば解かるが、西域探検、はっきり言って欧米列強による文化財の略奪史でもある。周回遅れの日本もそれに加わった。

エジプトの部屋だ。

ミイラ。

このようなもの。

カイロの国立博物館や大英博物館の展示を知る者には、「なんじゃこれ」ってものであるが、日本でのミイラは珍しい。

セクメト女神像。

セクメト女神像、雌ライオンの頭を持った女性像で表われされる。

小さな陶器の人形である。
「シャブティ」、殉死者の代わりをした人形である。
王が死ぬ。古くは家来が殉死した。しかし、だんだん人間が死ぬ代わりに、人形で代行させようとなった。

それが、シャブティ。

何十年か前、私が初めて知ったころは、「ウシャブティ」と呼んでいた。
「ウシャブティ」、時代が下ってからの呼び方のようだ。

これも興味深い。

「甲骨」である。
殷時代、紀元前13〜11世紀の甲骨。

その幾つかを拡大する。

三彩の馬。

このような。

看板にもなっているこれは・・・

「三彩鎮墓獣」。
唐の貴人の墓に納めた人面と獣面のコンビ。


昨年末、積み残した昨秋から今冬の展覧会の模様、暫らく続ける。


稀勢の里、今日から休場となった。
それがいい。
しかし、日本相撲協会に提出した診断書がどうにも気に食わない。「左大胸筋の怪我、3週間の安静を要す」、というもの。
稀勢の里、昨年の春場所・3月に左大胸筋を痛めた。それから10か月経っての今の不具合なのに、わずか3週間の安静ですむのか。そんなワケがあるはずがない。そんな診断書を書く医者は即刻見限れ、稀勢の里。
一場所と言わず二場所でもいい、十分戦える状態に身体と心を戻してから本場所の土俵にあがれ。
いずれにしろ、その時が進退を問う場所となる。
散るを急ぐな。


小室哲哉の引退には驚いた。
週刊文春で、不倫云々を報じられたそうだ。このところ、週刊誌の類はまあ読まないが、文春砲が云々ということは知っている。週間文春、小室哲哉の不倫云々を報じて何になる。それを商売のタネにしようとしているだけである。週刊文春、トランプにも劣る下劣さである。恥などこれっぽちもないのであろう。
小室哲哉、6年以上にわたりカミさんを介護してきたそうだ。そのカミさんが子供のようになった、という。そこへ心と身体を癒してくれる女性が現れた。その女性とどうこうという関係になっても当然であろう。それを暴き立てる週刊誌、ヘドが出る。
小室哲哉、ひと時は毎年、2桁の億の単位を稼いでいた。ロスへ行くのにファーストクラスを借り切ったとか、小室ファミリーへそれぞれ100万円だか1000万円だかの札束を渡したとか、金使いの荒さで知られていた。
その小室哲哉が、介護の疲れであるとか、難聴であるとか、才能の限界であるとか、ということを語り、音楽活動から引退すると語る。
燃え尽きたのかな。