ヨコトリ2017(4) 五浦とコルカタ。
何年か前、MOT(東京都現代美術館)で不思議な美術家を知った。
テヘランやモスクワ、エルサレム、ペシャワール、ラサ、さらに天安門広場や板門店、日本の国会議事堂、上九一色村など国内外あちこちにお地蔵さまを建てている。≪地蔵建立(JIZOING)≫という作品を。
あちこちに行ってお地蔵さまを建てているのであるから、何年も長い時間をかけてである。作家は、小沢剛という名であった。
昨年、さいたまトリエンナーレに行ったら、≪帰って来たJ.L.≫という作品があった。作家の名は、小沢剛であった。
この秋のヨコトリに、その小沢剛の作品があった。
≪帰って来たK.T.O.≫.
”K、T、O”、「覚三、天心、岡倉」の頭文字である。
五浦が出てくる。コルカタが出てくる。
あの2011年3月11日の大津波で流される前の五浦の六角堂に行ったことがある。コルカタには、以前に呼ばれていたカルカッタ時代から何度か訪れている。共に馴染みのところ、嬉しくなった。
横浜美術館からバスに乗り赤レンガ倉庫1号館へ着いた。
少し疲れた。
短いパンツの若い2人は、やはり輝いている。
赤レンガ倉庫の中を進む。
小沢剛≪帰って来たK.T.O.≫。
部屋へ入る。
正面には、このような映像が流れる。
岡倉・覚三・天心の物語が紡がれている。
目を右へ転じる。
岡倉・覚三・天心、1901年、インドへ行く。
このコピー、ネームと言うよりか重い響きを持つ言葉は、作家・小沢剛によるものである。
コルカタの街、路面電車が走っている。今では地下鉄も走っているが。
中心街・チョウリンギー通りであろう。
岡倉天心、タゴールの屋敷にやっかいになっていたんだ。
五浦だ。
五浦の六角堂。
これら8篇の詩句、すべて企画・統括制作者である小沢剛の手になるもの。
なお、8点の絵は、企画・統括制作者である小沢剛のプランによって、インドの看板絵の絵描きが描いたものだそうだ。
だから、こういうサイン、何人かのものがある。
会場には作家・小沢剛に関するフリーペーパーがあった。
今回のヨコトリの共同ディレクターである柏木智雄が、≪帰って来たK.T.O.≫と「帰って来たT.O.」を記している。
その一部。
「帰って来た」3作も。