フランコフォニア ルーヴルの記憶。

ルーヴル、12世紀の要塞が宮殿となり、1793年以降美術館となった。
権力、政治、国家、そして戦争、と切り離せない。その上に芸術が重なる。
「ルーヴルのないフランスは必要か?」、という言葉が流れる。ルーヴルとは何なんだ?

1940年夏、パリにナチスドイツの軍隊が入ってくる。
「ルーヴルはどこだ」、とヒトラーも。美と戦争は切り離せない。侵略者が美術品を収奪する。
時のルーヴル美術館館長・ジョジャール、既に主な美術品を疎開させていた。占領軍のナチスドイツの高級将校・メッテルニヒ伯爵、「文化財保護は神聖な義務であります」、とジョジャールに語る。さらに貴族であるメッテルニヒ、「館長、ドイツ語は?」とフランス語で訊ねる。「根っからのフランス人でして」とジョジャールは応じる。
パリは占領され、ルーヴルも抑えられた。しかし、この「根っからのフランス人でして」とのジョジャールの言葉に、「魂までは売り渡しませんよ」という矜持を感じる。
ここ暫らく、小池百合子から踏み絵を踏まされ、魂を売り渡している旧民進党の連中のだらしなさを見ているから、なお一層。

アレクサンドル・ソクーロフの『フランコフォニア ルーヴルの記憶』、重層的な構造を持っている。
監督のソクーロフが遠洋航海中の船長とスカイプで話をしている。今、現在。現代である。
1940年のナチスドイツによるパリ占領がある。
さらに、皇帝ナポレオンとフランスの象徴(ドラクロワの≪民衆を導く自由の女神≫に描かれたマリアンヌ)も出てくる。
現在と過去が、ルーヴルを舞台に交錯する。
ところで、「フランコフォニア」って言葉、初めて聞く。どういう意味なんだろうと思っていたら、「フランス語圏」ということらしい。
言葉の意味は、「フランス語圏」ならそれでもいい。しかし、何故「フランス語圏」というタイトルなのだろう。監督のソクーロフはロシア人である。ロシアはヨーロッパの辺境である。ヨーロッパの中心部はフランス、という思いが心の奥底にあるのか。

トリコロールが掲げられたルーヴルの上を軍用機が飛ぶ。

(右上)1940年時のルーヴル美術館館長・ジョジャール。
(右下)運び出される至宝・≪サモトラケのニケ≫。
(左上)ルーヴルに入ってきたメッテルニヒ以下ナチスドイツの美術関連の兵士。
(左下)皇帝ナポレオンⅠ世の亡霊。

ナポレオンの亡霊、自らを描かせたダヴィッド≪ナポレオン一世の戴冠式≫の前でこう語る。
「オレがあちこちから持ってきたんだ」、と。そう、ナポレオン、侵略した国々の美術品を奪い、パリへ持ち帰っている。
右側のヒトラーもそうである。ルーヴルを狙っていた。
ナポレオンやヒトラーに限らない。戦争に美術品の収奪はつきものであった。
いや、戦時に限らない。平時においても美術品の収奪は行われている。欧米列強による敦煌石窟寺院の略奪とも言える行為ひとつ取ってみても。