この世界の片隅に。

その評判は聞いていたが、観たのはこの春先。
それにしても凄い作品である。引きこまれた。
塚本晋也は、大上段に振りかぶって反戦の意を叫んだ。大上段に振りかぶること、それは凄い。意味がある。
が、戦時下のごくごく普通の日常生活を描くことで伝えられるものもある。アニメ映画『この世界の片隅に』は、まさにそういう作品である。

昭和19年(1944年)2月、18歳のすずは、広島から軍港の町・呉へと嫁に行く。夫は、海軍に勤める周作。そして、その両親。みんな優しい人たちだ。周作の姉・径子がその子・晴美を連れて出戻ってくる。その小姑は口うるさいが、すずは姪っ子の晴美を可愛がる。
戦時下の日常が流れていく。
昭和20年(1945年)3月、呉は大規模な空襲にさらされる。
その時であったか、すずと晴美は不発弾の爆発に逢い晴美が死ぬ。晴美と手をつないでいたすずの右手も吹き飛ばされる。それでも戦時下の日常は続いていく。

『この世界の片隅に』、原作:こうの史代、監督:片渕須直、主演:のん、音楽:コトリンゴ。
何らかの理由で改名したのん以外の人は初めての人たちであるが、驚いた。凄い才能。「生きてるっていうだけで、涙があふれてくる」、と語っているのんも素晴らしい。
初めの頃、コトリンゴの歌う「悲しくてやりきれない」が流れる。やりきれない。

呉は、坂の町である。
50年近く前、一度だけ呉へ行ったことがある。駅前の木賃宿に泊まった。飯は周りの店で食ってくれ、と言われた。小さな飲み屋で飲んでいたら、土地のオヤジに絡まれた。日本が戦争に負けてから25年ぐらい経った呉の町であった。懐かしい。

それはともあれ、すずさんの呉での日常は流れていく。

昭和20年4月には、戦艦大和が呉に入ってくる。
その後、大和は・・・。
そして、昭和20年の夏が来る。

昭和20年8月6日がくる。この日、広島の実家に行く予定であったが取りやめ呉にいたすずさん、広島の方角に巨大な光を見る。
戦争の惨さ、その不条理を声高に糾弾する作品ではない。ごく普通の人の日常をたんたんと追っている作品である。それであるからこそ、その思い、重く伝わる。
この春に発表されたキネマ旬報のアウォード、日本映画第1位はこの作品であった。『シンゴジラ』や『湯を沸かすほどの熱い愛』を抑えて。
納得。
それほどの作品である。