一茶双樹記念館 小菊盆栽展。

11月下旬、その近場に用があったので、一茶双樹記念館へも寄った。庭は色づいているかな、と思い。

小林一茶、享和3年から文化14年にかけての15年間に50回以上、流山の醸造家・秋元双樹の元を訪れている。俳人と商家の大旦那、単なる俳人とパトロンの関係を超えていた、と言われている。
今、一茶が訪れていた秋元双樹の居宅は、一茶双樹記念館となっている。小ぶりで町中に溶けこんでいる。

小さな中門。やはり、まったく色づいていない。

が、小菊盆栽展が催されていた。

ささやかと言えばささやかな展示である。が、それがこの小ぶりな入れ物にはよく似合う。
軒先に小さな菊の盆栽が見える。

小菊の盆栽。

近寄る。
菊は、多年草、宿根草である。草・クサなんだ。なぜ、クサが盆栽になるのか。不思議と言えば不思議。
よく見ると、茎の部分がねじれている。木の幹だ。草ではなく、菊の木となっている。

こちらもよく見ると、菊の木。
挿し芽でどうこう、その他作出手段はあるそうだ。動物も含め、人間は愛玩物を様々な手法を用いて作り出してきた。
草の木化もそのひとつであろうか。

十分色づいていない。今年は暖かい日が多かったからな−。

一茶の句碑は、常に変わらない佇まい。
     夕月や
      流れ残りの
       きりぎりす
雨の多かった文化元年(1804年)の旧暦9月2日に流山で詠んだ句。
石材は、一茶の故郷・信濃柏原の黒姫山のもの。
故郷・柏原の方を見て立っている。