絶世の美女。

エジプト文明は5000年の歴史を持つ。内3000年は古代エジプト。有名無名多くのファラオが君臨した。その王妃も女王も。
先般、古代エジプトの4人の王妃と女王が東博へやってきた。古代エジプト最後の女王・クレオパトラを含め。

東博正門横。
この日は、チャリンコが多かった。

平成館への道。
陽は柔らかい。

ダニエル・デュコマン・ドゥ・ロクレ作≪クレオパトラ≫。19世紀半ばの彫刻である。
クレオパトラ(クレオパトラ7世)、紀元前69年に生まれ紀元前30年に自ら死した。ドゥ・ロクレの作品に見られるように、毒蛇コブラに右腕を噛ませ。
クレオパトラ、絶世の美女と言われている。ドゥ・ロクレも、そのように形作っている。顔貌ばかりでなく豊満な身体も。

敏腕にして辣腕、古代エジプト史に君臨する女王・ハトシェプスト。
ハトシェプスト、王を象徴する頭巾を付け髭をつけた男装の女王。女性ファラオである。治世は、紀元前1473年〜紀元前1458年頃。

ハトシェプスト女王葬祭殿のレリーフ。
ナイル中流に神殿都市・ルクソールがある。そのルクソールからナイルを渡った西岸にハトシェプスト女王葬祭殿はある。昔、行った。壮大、荘厳な建造物である。古代エジプトのファラオの力を肌で感じる。

アメンヘテプ3世の王妃ティイのレリーフ。
アメンヘテプ3世、その治世は、紀元前1388年〜1350年ごろ。古代エジプト絶頂期の王である。そのファラオを支えた王妃・ティイ、古代エジプトの理想の女性と言われているそうだ。

その治世、紀元前1351年〜紀元前1334年のアメンヘテプ4世(アクェンアテン王)の王妃・ネフェルトイティ(ネフェルティティ)のレリーフ。
このレリーフではよく分からないし想像もできないが、ネフェルティティ、実は古代エジプトを代表する美貌の持ち主である。
今では、再編されているようだが、ベルリンにエジプト博物館があった。そこにネフェルティティの素晴らしい胸像がある。高さ50センチにみたない小さな像であるが、その存在感、辺りを払う。
古代エジプトを代表する美貌が覗える。

プトレマイオス朝に造られたクレオパトラ。
エジプト、紀元前332年、マケドニアのアレキサンダー大王に征服された。だから、プトレマイオス朝の人たち、ギリシャ系の人たちである。クレオパトラも。

クレオパトラ、絶世の美女として知られる。夫のいる身でありながら、カエサルやアントニウス、ローマの名だたる英雄と恋に落ちる。
が、この頃は、美女伝説よりは、その知性の深さに、という趣きもある。
クレオパトラ、7か国語を話せた、という。その知性でローマのトップ連中を虜にしていた、ということもあったようだ。
それにしても、クレオパトラに楊貴妃に小野小町で世界の3大美人なんて、日本以外じゃ誰も知らない。そりゃそうだ。世界標準はクレオパトラぐらい。楊貴妃も外れるだろう。小野小町なんて、日本人以外誰も知らない。単に、和漢洋で並べたにすぎない。

ルネッサンス以降、クレオパトラの死は、史実よりも妖艶な美女の死の瞬間として描かれてきた。
19世紀後半の画家・アッキーレ・グリセンティ作≪クレオパトラの死≫。
才色兼備の絶世の美女・クレオパトラ、コブラに腕を噛ませ、自死する。
プトレマイオス朝最後の女王・クレオパトラ、古代エジプトの最後のファラオともなる。
本展、今日から大阪の国立国際美術館こ巡回されている。