メトロポリタン美術館 古代エジプト展 女王と女神。

カイロのエジプト考古学博物館へ行ったのは、もうずいぶん前。出てきた図録への書きこみでは1996年、20年近く前となる。博物館の前の小さな池に蓮の花が咲いていた、という記憶がある。
カイロからルクソールへ飛び、ルクソール神殿、カルナック神殿、ルクソール博物館、さらにナイルを渡り、テーベ、王家の谷へ。
多くのファラオの墓を見た。中で凄まじいのは、ハトシェプスト女王葬祭殿。傾斜した斜面を葬祭殿の方へ昇る。”荘厳”という感に包まれる。
私が行った翌年、1997年、ハトシェプスト女王葬祭殿は、イスラム原理主義者によるテロに襲われた。日本人10人を含む数多くの外国人が銃弾に倒れた。一年前ならば、私も銃弾に撃ち抜かれていたかもしれない。
ルクソールからは2〜3日のナイル・クルーズ。エドフ、コム・オンボ、アスワン、そしてアブ・シンベルへ。40度を超える熱気が、脳天の真上から襲いかかってきた。
ナイルを遡ることにより、さまざまなピラミッド、さまざまな神殿、多くのミイラ、多くの神像を見た。
エジプト古代美術に関しては、カイロのエジプト考古學博物館に次いで充実している大英博物館にも何度か行っている。ブリティッシュ・ミュージアムのエジプト美術の展示は凄い。まさにロンドン、カイロに次ぐ。
今は博物館島に移されたようだが、ベルリンのエジプト美術館も、小ぶりではあるが凄い。ネフェルティティの胸像、凄まじい。
ところが、メトロポリタンへは何度か行っているが、メトロポリタンのエジプト美術、思い出さない。
引っぱり出したメトロポリタンの”Floor Plan”では、五番街から入ってすぐ右の部屋ににエジプト美術が展示されている。
このことは、ルーブルでも同じ。10回以上行っているルーブルでもエジプト美術の印象は薄い。恐らく、他のことの印象が強いが故に、ということだろう。ルーブルでは、レオナルドや、ボッティチェリや、レンブラントや、といった人たちに気がいってしまうんだ、おそらく。それはそうとして、メトロポリタンから来た展覧会へ。

私が行った日は雨が降っていた。

女王と、

女神に主眼を置いているそうだ。

ハトシェプスト女王。女性ファラオである。

ひざまずくハトシェプスト女王像。
頭巾を被り、つけヒゲをつけている。

清めの儀式を受けるキヤのレリーフ。

王女の姿を象眼した瓶。

ヤマネコで飾られたカフ風のブレスレット。

アメン・ラー神の歌い手 ヘネトタウィの人型内棺とミイラ板。
第3中間期、第21王朝、前1040−前992年頃。木、石膏、彩色。

その一部を引きだす。

王家の女性の頭をかたどった蓋つきのカノポス容器。
カノポスは、ミイラを作る際に取り出した臓器を保存する容器である。王家の女性の姿で形作られているんだ。
メトロポリタンからの古代エジプト美術、ミイラだ何だと大上段に振りかぶらず、女性に的を絞ったところ、正解であった。今、来年の1月12日まで神戸市立博物館へ巡回している。面白いよ。