上海博物館 中国絵画の至宝展。

中国の絵って、よく観たことがない。中国のアートと言えば、どうしても彫像や陶磁器、青銅器などに目がいってしまう。
だから、絵描きも知らない。かろうじて知っているのは、日本人好みの牧谿と南蘋派に名を残す沈南蘋の二人のみ。上海博物館からの「中国絵画の至宝」といってもな、と思っていた。

ふた月ほど前の東博正門前の看板。

東洋館の入口。
「中国絵画千年の旅へようこそ」、と書いてある。
<宋時代、元時代から、明時代、清時代まで、約1000年に亘る中国絵画を代表する名画を一堂に展示いたします>、というものである。
上海博物館から40件の至宝を持ってきた。内18件は、国家指定の一級文物、つまり中国の国宝。
上海博物館、中国を代表する博物館である。青銅器の鼎をイメージしたという少しヘンな外観の建物であるが、凄い博物館。私も何度か訪れている。
「1997年1月4日」という書き込みがある図録が8冊出てきた。どうもこの年の正月休み、上海にいたようだ。
出てきた上海博物館の図録は、『上海博物館 中国古代陶瓷館』、『・・・ 中国古代雕塑館』、『・・・ 中国古代青銅館』、『・・・ 中国歴代繪畫館』、さらに、『歴代書法館』、『古代玉器館』、『歴代璽印館』、『少数民族工藝館』の8冊。
『古代青銅館』には、まさに中国4千年、4000年前の夏時代のものも載っている。

「中国絵画の至宝」と謳っているだけあって、今回の展覧、凄いものを持ってきたようだ。

1997年1月4日、上海博物館で求めた『中国歴代繪畫館』の図録。
この秋、東博へ来た「中国絵画の至宝」、その多くはこの図録に載っている。その幾つかを複写する。

≪幽谷図軸≫。
北宋時代、11世紀、郭熙の作。
中国絵画だなって感じがする。もちろん中国の一級文物・国宝である。

≪浮玉山居図巻≫。
元時代、13世紀、銭選の作。
もちろん一級文物、つまり中国の国宝。なお、この後のものも、1件を除き、すべて中国の一級文物・国宝である。

<中国の絵画史は、宋・元時代に文人たちの高潔な精神を体現した文人画が生まれ、・・・・・>、と東博のチラシにある。その中国文人画の最高峰と称えられる一人が元時代、14世紀の「王蒙」という絵描きだそうだ。
上は、その王蒙の≪青下隠居図軸≫。
中国人なら誰でもが知っている、中国絵画の超スタンダードな絵だそうだ。
日本で言えば、雪舟の≪秋冬山水図≫であるとか、光琳の≪紅白梅図≫であるとか、北斎の≪浪裏の富士≫であるとか、というものであるようだ。

その部分。
確かに、凄い。

≪琴高乗鯉図軸≫。
明時代、15世紀、李在の作。
なお、この李在なる絵描き、我が国の画聖・雪舟のお師匠さんである。
明時代になると、元時代の文人画を継承する呉派と、宮廷画家の系譜に属する浙派が対峙、張りあったという。李在は、浙派のドンであったそうだ。
中国という国、いつの時代でも権力闘争がお好きなようである。この時代にも文人画家と職業画家が張りあっていた、という。音声ガイドでは、こんなことが流れていたような気がする。
ふた月ほども前のことなどで、記憶、不確かであるが。
記憶を辿ればこういうこと。
中国絵画、文人の天性が発露された南画と、技巧的な職業画家の北画がある。
禅には、南宗と北宗がある。頓悟と漸悟。悟りは瞬時の間に得られるという考えの頓悟の南宗。悟りは修業によって得られるという考えの漸悟の北宗。
頓悟の南宗が南画・文人画の系譜に繋がり、漸悟の北宗が北画・職業画家(宮廷画家)に繋がっていくそうだ。
南画を尊び北画を賤しむ「尚南貶北」という理念は、その後アジア各地へ広がっていったそうだ。日本も例外ではない。

万暦36年(1608年)、明時代の絵描き・呉彬の作・≪山陰道上図巻≫。
この頃には、それまでの正統山水に反発する絵描きが出てきた。今、エキセントリックスクール(奇想派)と呼んでいるそうだ。その代表的画家が呉彬。
この作品、天地は32センチだが、左右は862センチある。8メートル以上に亘る山水である。

≪細雨虬松図軸≫。
康煕26年(1687年)、清時代の絵描き・石濤の作。
中国1000年に亘る絵画、思いの外、面白かった。