山本五十六。

デアゴスティーニという出版社がある。同じテーマのものを週に一度、50とか100とかに分けて発行する。いわば分冊出版社。テレビCMや新聞の全ページ広告もバンバン打っている。
こんなもの採算がとれるのか、というものもあれば、随分荒っぽいな、という企画もあるが、全ペーやテレビCMをあれほど打っているのだから、儲かっているのだろう。
それはともかく、一週間ほど前、『日本の100人』という全ページ広告が朝日に載った。確認はしていないが、おそらく全国紙各紙、ブロック紙、地方紙、多くの新聞にその広告は載っているはずである。
それもさておき、その広告中に何人かの似顔絵が描かれている。7〜8人。いわば、100人の中の代表者だ。集客力が強い人物、ということが言えるであろう。信長、秀吉、家康の戦国トリオに坂本龍馬、漱石もいたような気がする。あと2〜3人。その中に、山本五十六が入っている。
いかに役所広司主演の映画がヒットしているからといって、聖徳太子なども含めた日本の100人、その中で10人に満たない広告塔に山本五十六が入っている。デアゴスティーニのマーケティング戦略の機敏さと共に、日本人の山本五十六好きを改めて思う。

「太平洋戦争70年目の真実」、「日米開戦70年、今明かされる衝撃の歴史超大作」、「魂を揺さぶる衝撃の歴史大作」とも。監督・成島出、大上段に振りかぶる。
国際感覚を持ち、先見性に富み、責任感も強く、決断力もある、真の意味でのリーダーだ、という山本五十六が描かれる。カッコいい。「日独伊三国同盟」にも、最後まで反対する。「誰よりも、開戦に反対した男がいた。」、という惹句にも偽りはない。
山本五十六、アメリカには3度滞在している。留学生として、駐在武官として。都合5〜6年になるのじゃないか。アメリカの実情、アメリカの国力、熟知している。日本はとても叶わない、と。だから、アメリカとの戦争は避けたかった。
しかし、日本中、ヒトラーにのぼせる。日独伊の三国同盟も締結される。必然的に、アメリカとの関係は厳しくなる。日米開戦は避けられない。真珠湾攻撃へと進んで行く。
山本五十六の頭にあったことは、緒戦でアメリカを叩き、その後、講和へと持っていく。国力では比較にならない日本、それしかない。当時の日米の国力、1対10ということだ。日本、無謀なことをした。日米の国力格差を知る山本五十六も、そうしなければならなくなった。
それにしても、この映画の山本五十六、カッコ良すぎる。とてもいい人、素晴らしい軍人として描かれる。心優しい一人の人間として、部下思いの軍人として。
やりすぎだよ。完璧な山本五十六像を作りすぎだ。

例えば、聯合艦隊司令長官としての山本五十六。山本五十六、ウーンと唸ることが幾つもある。
昭和16年(1941年)12月8日の真珠湾への奇襲は、山本五十六の指揮の下に為された。大きな戦果を挙げた。しかし、この際にも、なぜ第二次攻撃をかけなかったのか、という問題がある。戦艦などは沈めたが、航空機へのダメージはまだ十分ではなかった。当然、第二次攻撃という問題が浮かび上がる。
しかし、真珠湾攻撃の実行部隊の指揮官である南雲忠一は、第二次攻撃をかけなかった。山本五十六の参謀からは、第二次攻撃をかけるべきだ、との意見が具申された。南雲忠一の上司である総司令官の山本五十六、その時こう言っている。「ここは、南雲君の判断にまかせよう」、と。
これはないよ。もしこの時、山本五十六が、第二次攻撃をかけた方がいいと思いながらも、南雲の判断にまかせよう、と言ったのなら、山本五十六、リーダー失格だよ。
ミッドウェー海戦での惨敗にしろ、ブーゲンビル島での最後にしろ、きれいに描きすぎ。
半藤一利が監修しているので、そう大きな間違いはないはずであるが、山本五十六、あまりにも大きなヒーローに仕立てあげてしまった感がある。
山本五十六、とても魅力的な男だ。でも、リーダーとしてはどうかな、というところのあった男でもあるのではなかろうか。
実はこのブログを立ちあげた頃、2年半ばかり前、書いた憶えがある。あの物事を斜に見るのが得意な山田風太郎のこういう言葉を。
山田風太郎、「昭和の番付」という中で、”いっとき日本を亡国の運命に追いこんだめんめんは誰だ”、と考える。その面々は、近衛文麿、東条英機、石原莞爾、と続き、その次に山本五十六の名があがる。実は、あと一人、留保している人物がいるのだが、そのことについては触れない。
<ミッドウェー作戦で、4隻の空母を擁しながら、2隻の空母しか持たないアメリカ艦隊にものの見事にしてやられた山本五十六ということになろう>、と。<石原も山本も快男子の一面を持つだけに、これを槍玉にあげるのは心痛むが、歴史の裁きは厳粛である>、と風太郎は記している。
おそらく山本五十六、この映画で描かれているような完全無欠な男ではない。脛に傷も幾らもある。でも、それが人間。いいんじゃないか。