三島を観る(6) 補遺。


思うに、三島由紀夫ほど世間の注目を集めた小説家はいなかった。
芥川や太宰その他、自死した人は多くいる。幾らでも。川端康成や大江健三郎のように、ノーベル賞を取った人もいる。偉大な小説家と言われる人もいる。大の字が頭につく谷崎潤一郎初め何人(大谷崎以外は、それぞれの人の好みによるでしょうが)かの人が。
彼らと三島由紀夫の違いは何か。
”禁忌”とされているものを、公然と世間の目に晒したこと。それも二つも。私は、そう考える。
その二つの”禁忌”とは何か。ひとつは「男色」であり、ひとつは「天皇への指弾」である。
この二つの禁忌、公にした人がいないワケじゃないが、三島由紀夫ほど名の高い文学者で、それをした人、私は知らない。
監督、制作、原作、脚色、美術、主演、すべて三島由紀夫、という映画『憂国』など、まさにこの二つの禁忌を合わせたもの。三島が、何が何でもこの世に残したかったもの、に違いはない。

どこを切っても三島ばかり、すべて三島由紀夫、という映画『憂国』で、唯一三島が大きな役割りを与えたのが、演出の堂本正樹である。その堂本正樹の著『回想 回転扉の三島由紀夫』(文春新書、2005年刊)に、こういうくだりがある。
<『憂国』はまさに『稚児乃草子』ではないが、夫婦としてあるのは方便で、実は美少年と美男の構図である事、『愛の処刑』と全く同じ発想で構成されているのだ>、というくだりが。
因みに、堂本によれば、『稚児乃草子』は、京都、醍醐寺所蔵の大和絵風の凄まじい男色絵であり、『愛の処刑』は、三島由紀夫の匿名小説。美少年、刀、切腹、血しぶき、といったものがふんだんに出てくる小説らしい。確かに、堂本の記すように、美少年を新妻に置き換えれば、『憂国』と同じ構図となる。
堂本正樹、三島由紀夫より8つ下の演劇人。幼稚舎からの慶應ボーイであるが、なかなか骨のある人である。その人が、こう書いている。
堂本正樹と三島由紀夫が初めて会ったのは、堂本が慶應普通部(旧制中学)4年の時。堂本正樹、16歳の時。場所は、銀座の松坂屋の裏のボーイに美少年を揃えている店。堂本少年、歌舞伎座で芝居を観た後など、その店に寄っていたそうだ。慶應ボーイは、16歳で歌舞伎座に通い、帰りには、妖しげな店になど寄っているんだ。田舎者には、真似できないな。
それはともかく、ある日、その店で三島由紀夫に会う。「君は芝翫、女と思う。男と思う」、初めて会った時の三島の言葉である。あまり説明ばかり入れると話の腰を折っちゃうが、芝翫のみ。当時の芝翫、後の日本を代表する名女形・中村歌右衛門である。今で言えば、玉三郎にあたる。匂い立つ。
<三島由紀夫は椅子ごと少し私にずり寄って来た。・・・・・「君、綺麗な掌をしてるね」と讃めてくれた。私は恥ずかしくなる。・・・・・>、と堂本は書いている。
それからの三島由紀夫と、8歳年下の堂本正樹、「兄弟ごっこ」や「切腹ごっこ」を行なう仲となる。「切腹ごっこ」は、<あの映画『憂国』撮影直前まで、その都度趣向を替えて繰り返された。『憂国』が済むと「ゴッコ」はやんだ>、と堂本は書く。
こんなことばかり書いていると、世の三島ファンから、闇打ちにあうかもしれないな。「天誅」って。
あとひとつの”禁忌”に移ろう。  

何日か前にも書いたが、三島由紀夫、昭和天皇が許せなかった。2.26の決起将校を切って捨てた昭和天皇が。
さして読んでいるわけではないが、松本健一という人は、私が興味を持っている人のひとりである。その松本健一に『三島由紀夫の二・二六事件』(2005年、文春新書)という書がある。その初めの方に、
<二・二六に対する関わりかたは、北と三島と昭和天皇とで、それぞれに時と所が異なっている。にもかかわらず、二・二六事件をめぐる北と三島と昭和天皇との関係は、わたしにはあたかも三つ巴のようにからまって、非常な緊張関係を形づくっているように感じられるのだ>、という記述がある。
北は、北一輝のこと。二・二六の黒幕として捕まり、処刑された男だ。処刑される暫く前、連座で捕まっていた何人かが一堂に会した時、西田悦が誰にともなく「われわれも天皇陛下万歳を三唱しましょうか」、と言ったのに対し、「いや、私はやめておきましょう」、と言った男。
決起の将校たちは、処刑される時、「天皇陛下万歳」の声をあげた。しかし、北一輝は、もちろん処刑時にも「天皇陛下万歳」を発しはしなかった。吾が思い、お上にはお解かりにならない、との思いであったであろう。
三島由紀夫の思い、北一輝の側に立つ。北と三島、時代は異なる。しかし、昭和天皇、お間違えになられた、との立場は同じ。だから、許せない。
しかし、北一輝も三島由紀夫も「恋闕者」なんだ。恋闕者、天皇に恋焦がれている。そうであるからこそ、裏切られると許せない。厄介なものと言えば、厄介だ。
ドナルド・キーンへの、三島の書簡についても触れようと思っていたが、長くなったし、眠くもなった。明日にする。