三島を観る(4) 『人斬り』。

黒船来航は、1853年。将軍・徳川慶喜から朝廷へ大政奉還がなされ、明治維新がなったのが、1868年。この間、多くの人が殺されている。テロルの時代である。
最も知られているのは、大政奉還の直後、維新前夜に殺された国民的ヒーロー・坂本龍馬であろう。
龍馬を襲い、斬ったのは、幕府の公的なテロ組織・新撰組だという説もあれば、徳川家の私的機関である京都見廻組だという人もいる。いずれにしろ、幕府側に殺された。

しかし、幕末のテロリスト、尊王攘夷の側にも多くいる。
歴史を旅する会編『幕末テロリスト列伝』(2004年、講談社刊)に、”幕末4人のテロリスト”が出てくる。土佐の岡田以蔵、薩摩の田中新兵衛、同じく薩摩の中村半次郎、肥後の河上彦斎の4人である。この4人、いずれも”人斬り”、として怖れられた、とある。
いずれの時代でも同じであるが、テロリストの定め、薩摩の中村半次郎を除く3人、いずれも非業の最期を遂げている。中村半次郎のみは維新後も生きのび、陸軍少将となる。だが、西郷隆盛に従い、西南戦争で死ぬ。彼のみは、納得できる最後であったろう。
それはともかく、三島由紀夫の出演映画『人斬り』には、この4人のうち、岡田以蔵と田中新兵衛、2人の”人斬り”・テロリストが出てくる。

映画『人斬り』、三島由紀夫自裁の1年前、1969年の作。
監督は、五社英雄。原作は、司馬遼太郎の『人斬り以蔵』。だから、主役は、土佐の人斬り・岡田以蔵。勝新太郎が演じる。三島由紀夫は、薩摩の人斬り・田中新兵衛。他のキャストも凄い。土佐勤皇党の首領・武市半平太に仲代達也、土佐の脱藩浪士・坂本龍馬に石原裕次郎。
勝新、仲代、裕次郎、という大看板の中に、三島が割って入っている。
この作品、フジテレビと勝プロの製作。主人公はあくまで”人斬り以蔵”であり、主役は、勝新太郎。人斬り・岡田以蔵、上記の『幕末テロリスト列伝』の中で、南條範夫が、<鏡心明智流の奥義を究めたといわれている>、と書いている通り、滅法腕が立つ。
女と人斬りに関しては、誰にも負けない。まさに、勝新、はまり役。

人斬り以蔵の師は、瑞山・武市半平太だ。土佐勤皇党のボス。足軽の出で、頭はないが腕だけは滅法強い岡田以蔵をこき使う。
手初めは、雨の夜、土佐藩の参政・吉田東洋の暗殺現場を見せ、「天誅」、という言葉を摺りこむ。その後の以蔵、瑞山・武市半平太に命じられるまま、次々と多くの人をぶった斬る。「天誅」の名の下に。人斬り以蔵の名、京洛で知らぬ者なし、となっていく。
以蔵も、いい気になっていく。しかし、人斬り・テロリスト、その行く末、岡田以蔵に限らず、悲しいものだ。哀れを誘う。
瑞山・武市半平太、冷酷な男だ。不精髭の以蔵と異なり、常に髭の剃りあと青々とした仲代演じる武市瑞山、その対比が見もの。面白い。さすが仲代、冷徹すぎるほど冷徹。
最後に、瑞山・武市半平太、岡田以蔵にこう命じる。姉小路公知を斬れ、と。姉小路公知は、宮中での尊王攘夷派の急先鋒の公家。瑞山・武市半平太の同志である。何故、以蔵は驚く。それでも以蔵は、姉小路卿を斬る。
瑞山・武市半平太に言われた通り、暗殺現場に、薩摩の人斬り・田中新兵衛の刀を置いてくる。これも不思議な話だ。薩摩の人斬り・田中新兵も尊王攘夷派なのだから。瑞山・武市半平太の冷徹な深謀遠慮、ここに極まる。
武市瑞山の冷酷、冷徹さ、それに留まらない。捕まった以蔵、「おれは、土佐藩士だ」、と言うが、検分に来た瑞山・武市半平太、「土佐には、このような男はいない。知らぬ」、と言うんだ。瑞山、何という男だ。
最後には、土佐藩の重臣・吉田東洋殺しの嫌疑で、瑞山・武市半平太も人斬り以蔵も獄につながれ、殺される。ただし、郷士の出の瑞山には、切腹が許され、足軽の出の以蔵は、磔。1865年の同日に。明治維新の3年前のこと。
おっと、忘れるところだった。
人斬り以蔵が、武市瑞山に命じられた通り、公家・姉小路公知を斬った現場に置いてきた、薩摩の人斬り・田中新兵衛の刀の問題がある。
田中新兵衛、しょっ引かれる。三島の出番だ。もとより田中新兵衛、姉小路公知を斬ってはいない。しかし、件の刀を見せられるやいなや、片肌を脱ぎ、その刀を腹に突き当て、右へと引きまわす。何故の自決。後世に謎を残した。
その場面の三島の演技、堂に入ったものだった。

それにしてもこのキャスティング、凄いとしか言いようがない。
よく見れば、今もこの世にいるのは、仲代達也ただひとり。
三島も、裕次郎も、勝新も、どこか向うへ行っちゃった。